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ねこの孫12

いわおはパソコンに向かい、キーボードを叩く。背後で仔猫が駆け回っている音もやがて気にならなくなる。今、書いている小説は自分の人生を下敷きにしている。
あの日々。
母とふたりで暮らしたマンション。
西日のオレンジ色。
主人公の高校ニ年の光司がひとりでダイニングのテーブルについている。
目線はテーブルの上の置き手紙にある。
手紙には「母、欅病院に入院する事になった。心配無用。夜の食事は小高でとりなさい。祖父」と達筆な文字で書かれている。
小高とは祖父が懇意にしている小料理屋だ。光司ひとりで食事をした分はツケにして後で祖父が支払いをする。
何が心配無用だ。心配だらけだ。光司はそう思い、手紙をさっきから睨みつけていたが、今、自分にできる事は何も、ない。欅病院というのは精神科の病院だ。母は心を病んでいた。どれくらいの入院になるのだろう。前にも同じ事があった。その時、母は一週間くらいで病院から戻った。今度もそうだろうか。
光司は予習をする気にもなれず母の心配するが、腹が減ってきた。祖父が書き置きしたように小高に夕飯を食いにいくのか。祖父に反発する気持ちもあってそれは嫌だった。母を入院させる前に自分に一言あってもいいではないか。母が不安定だとしても、どうせ祖父の一存で病院に入れたのだろう。そういうひとなのだ。小高に飯など食いに行くものか。光司は頑なに思う。しかし、腹が減った。光司は箪笥の一番上の引き出しを開けた。そこには帳面、通帳、書類などを仕舞ってある。母はその一番下に現金を入れているのだ。探ると封筒の中に三万円があった。光司はこれを当面の食費に当てようと思った。

そこまで書いて、巌は目をきつく作った。
もう目が疲れた。目薬でもさすかと考えているとあんが助走をつけて巌の背中にバリバリ駆け上がってきた。
「痛い!痛い!いたい!」
爪が服を貫いて背に刺さる。
「こらっ!杏痛い!痛いぞ!」
巌はたまらず叫んだ。
「あッおじいちゃん」
杏は巌の声にビクッとし、背中から飛び降りた。巌は身体を捻り、「杏。おじいちゃんは痛い、痛いだったぞ。爪を立てるのはだめ」と怖い顔をして言った。
「ごめんなさい。遊んでたら、頭がわあーってなっちゃったの。おじいちゃん痛かった?」
「ああ、おじいちゃんめちゃくちゃ痛かった。血が出たんじゃないか」
「じゃあ、舐めてあげるね」
「いい、いい。杏が舐めなくても血は止まるだろうよ」
まったくなんちゅう会話だ。
巌はおかしくて笑ってしまった。
紀子が杏の相手は生傷だらけになると言っていたのはこういうことか。
巌は仔猫の頭をガシガシ撫でてやった。

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