ねこの孫13
杏を膝の上に乗せ、喉を撫でてやるうちに仔猫はまた眠ってしまった。
生き物の温かさが伝わってくる。
小さな耳に目をやるうちに巌は命とは儚く、だからこそ尊い。などと柄にもなく思った。そしてまたパソコンに向かう。
光司は高校の事務室の前にある公衆電話から、母の入院している欅病院に電話をかけた。学校が終わったら面会に行くつもりだった。電話に出た看護婦らしき女は本日はちょっと遠慮してもらいたい、というようなことを言った。「母に差し入れを持っていくのもダメですか」と光司が言うと、
「明日以降なら面会はできます。面会時間は午後二時から六時までとなってます」
女はそう言ってガチャンと電話を切った。
十円玉が一枚戻ってきた。
光司は明日以降なら面会可能という言い方を頭の中で反芻した。
何だか神経を逆なでするような言い方ではないか。すっかり気分を悪くして光司は教室に戻った。さて、今日の晩飯は何にしようか。授業などろくに聞きもせず、光司は献立を考えた。マンションに帰る前に商店街で買い物をしよう。母はいつも気分の安定している時は凝った料理を作った。ここのところは惣菜やインスタントラーメンの日が多かった。料理が作れなくなるというのが、母の入院の前兆なのかもしれないと光司は考える。
授業が終わると光司は商店街に足を向けた。幼い頃から馴染みの場所だ。母の行きつけの三階建ての大きな書店。団子屋、そば屋、肉屋に八百屋、魚屋もある。光司の最初の目当ては古本屋だ。とにかくここは本が安い。文庫の古本が30円均一で店前のワゴンに詰めてあるのだ。
「おじいちゃん」
そこまで書くと杏が声をあげた。
「なんだ?」
パソコンの画面を見ながら巌は返事をした。
「お腹空いたー」
杏がひょこっと顔をのぞかせ巌を見上げる。
「なに?もうお腹空いたのか」
「だって、お昼ご飯たべたの、むかしだよー」むかしか。
それほど前ではないだろうが、仔猫は面白い言い方をした。あるいはこれほど小さな生き物だと数時間前も昔という言い方が当てはまるほぼの体感時間なのだろうか。
時計を見るとそれもそのはず6時を過ぎていた。
「あ、もう夕飯の時間かな。杏は」
「そうー。ご飯ごはん。おじいちゃん」
「いてて」
巌が立ち上がると足腰がポキポキなった。
「ああ、腰が痛い」
足もしびれていた。そんな巌にかまわず杏はトットと巌の前を歩いて行く。