猫おやじ🐾黒田登場19

息を切らせてスナック蛾のドアを押し開けるとすでにお客さんが来ていました。
「おかえり〜。ミケちゃん早かったわね〜。」
ママの呑気な間延びした声にミケちゃんは内心ムカつきながらカウンターにはいりました。
「いらっしゃいませ。多田さん。」
ミケちゃんは営業スマイルで常連客の多田さんに笑いかけました。
中年の脂ぎった多田さんは肩ひじをついてわさび漬けを舐めていました。
「ミケちゃんはいつも元気よくていいね。」
「あら？多田さん今日はカルアミルクなんか飲んでるの？」
ミケちゃんは不思議に思って訊きました。
多田さんはいつもまたたび酒を薄めの水割りでちびちび飲むのが習慣です。
「いやあ、ママが今日はこれがおすすめだって言うからさ…。牛乳が今日で賞味期限が切れるからどうしても飲んで欲しいって押し切られちゃったんだよ。」
「ママ！飲み物の強要はしないでってあれほど言ったじゃなーい！お客の自由を尊重するんでしょ！」
ミケちゃんはママに向かって叫びました。
ママは鼻歌を歌いながら「あらあ、ごめんなさいねー。」と軽く受け流しました。
ミケちゃんはドッと疲れて買い物かごをカウンターに置きました。
袋を開けてガラス皿に小袋のアーモンドフィッシュとまたたびチョコを盛り多田さんの前に差出しました。
「ごめんね。多田さん。カルアミルクにはまたたびチョコが合うから。」
「いやあ、俺は甘党だからちょうどいいよ。」と多田さんが言うと、
「あたしは辛党よ〜。」ママが言いました。
「辛党だからってしょっぱい物一気食いしたら高血圧になるんだからね！ママ気をつけてよ！干鱈なんか超しょっぱいんだからね！あれホントは塩抜きして煮物にするやつなんだから！」とおつまみを全滅された怒りのミケちゃんの叫びが飛びました。
「ママ、干鱈そのまま食っちゃったの？ツワモノだなあ。」
多田さんが感心して言いました。
その時、店の扉のベルが鳴って新しいお客が入ってきました。サッとやけに冷たい風が吹き込んで店内は一気に温度が下がった気がするほどでした。
「いらっしゃ〜いませ。」
ママはお客をいちべつしましたが、ミケちゃんと多田さんは鳥肌がサッと立ち、しっぽの毛が逆立ちました。
そのお客は灰色の毛並みのねこでした。
「こんばんは。いいですか？」とそのねこはカウンターの多田さんから2席離れた椅子に座りました。
そのねこからは夜露の匂いがしました。
ミケちゃんはおしぼりを客の前に置き「いらっしゃいませ。何にいたしますか？」と聞きました。声が震えないか心配になるほどでした。灰色の男！まさかこんな所で遭うなんて！ミケちゃんは心の中で叫びました。
なんてゾッとする気配の男なんだろう…。
ミケちゃんは多田さんを見ました。心なしか多田さんも寒気を感じとっているのか青ざめています。ママはどう感じているのかはわかりません。
「えーと、またたびビール下さい。」
灰色の男は雰囲気に似合わず爽やかな声でした。常夏のハワイでアロハシャツが似合いそうな爽やかさです。
しかし風体は得体のしれない雰囲気に包まれているので異様でした。
(どうしよう…なんかこわい…。)
ミケちゃんは瓶の栓を抜くのにも力が入らないほどのこわさを感じています。
「ねぇ〜ミケちゃん。チーズのさあ、三角のチーズは買ってきてくれたあ？」
ママが呑気な声で言います。
「え？三角チーズ？」
それどころじゃないミケちゃんはやっと栓を抜くと灰色の男のグラスにまたたびビールを注ぎました。
「そうよぉ。丸い箱に入ってる。三角チーズをハムと盛り合わせにしよっかと思ったんだけどお。」ママはまだ喋っています。
トクトクトクトク…グラスの上部に綺麗な泡がバランスよく立つように…。
ミケちゃんは全神経を集中させました。
灰色の男はにやにや笑いを浮かべてビールを見つめています。
(いやな笑い…。チェシャ猫みたい。)
ミケちゃんは内心思いました。
(この男が例の男なのかしら。旦那さんに泡を吹かせた。もし、そうだったらどうしたらいいかしら。)
ビールの泡はきれいに上部に盛り上がり冷えきったグラスを掲げてから男はグッと飲みました。
「お客さん。何かつまみます〜？簡単な物なら後でお食事もできるわよ。出前もとれるし。」
ママが男に話しかけました。
「ねぇミケちゃん。三角チーズ。」
「三角チーズはママが食べたいだけじゃないっ。乾物屋じゃ三角チーズは売ってないわよっ。」ミケちゃんは声を上ずらせました。
「おおっ。こわっ。ミケちゃん怒っているのね。使い走りにしたからね〜。後でお寿司とろうか？」
「お寿司もママが食べたいだけでしょっ！」
ミケちゃんとママのやり取りに灰色の男はクスクス笑っています。
多田さんはひたすらカルアミルクを飲みながらまたたびチョコを食べています。

お客の多田さんとミケちゃんとママ