あなたの好き嫌いはなんですか?第2回
おかみさんはカウンターの中でガタガタ音を立てながら調理をしている。
ジュウジュウ肉を焼く音がして、温かさのある食物の匂いが狭い店内いっぱいに漂ってきた。泉は腕時計を見た。12時15分。
昼を食べてもまだ時間的に余裕はある。が、おかみさんは音を立てるわりに手順が悪いのか一向に調理がはかどらないらしい。
ただ時間だけが虚しく過ぎていく。
泉はじりじりしてきた。
目的地まで徒歩で10分はかかるだろう。
遅刻する訳にはいかない。
早く来ないかな。
水を一口飲み下すとやけにカルキ臭い水だった。今時こんなまずい水ひさしぶりに飲んだ。私の家の水道水だってもっとうまいわ。
空腹で泉の心の声は毒舌になっていた。
その時、泉の後ろでガラッと引き戸が開きお客が入ってきた。おかみさんはカウンターの内側で「いらっしゃいませー」と澄んだ声をあげた。その客は店の薄暗さと異様な圧迫感に怯んだ様子だ。恐る恐るという感じで「あの、ひとりなんですけど、いいですか?」と低い声がした。
おかみさんはガチャガチャ食器の音をさせながらその客に「お一人様。相席になっちゃいますけど、テーブル席どうぞ」と言った。
なぜ、カウンター席が全部空いているのに相席させるんだ?と泉は思った。
その男性客もえ?という風にカウンターを見てからテーブル席を見た。
泉は振り返りペコッと会釈をした。
仲間が来た、と泉は思った。
男性は戸惑いながらも泉の斜め向かいの椅子に座った。
「すみません、お邪魔します」
男性は泉に頭を下げた。感じのよい声。
彼は爽やかなカッコイイ顔をしていた。
「いえ、こちらこそ」
泉も愛想よく微笑んだ。
辺鄙な店の道連れが出来たという感じだ。
この男性もこの店の底知れぬ汚さにだんだん気がつくだろう。全体が薄暗いのですぐは汚さがわからないが暗さに目が慣れると息をするのも躊躇するほど埃があちこち降り積もっているのだ。
しかも、料理がなかなか出て来ない。
地味に最悪な店だ。
泉は小さくため息をついた。
そこへおかみさんが汗みどろになりながら水とおしぼりを運んできた。
男性の前にそれらを置くと粘着くような猫撫で声で「今日の赤飯弁当の日替りおかずは豚肉のカレー風味焼きですよ。おすすめ。本当にうちのカレー風味焼きはおいしいのよ。わたしが考案したのよ。」と男性の顔から目を離さず言うので「…はあ、ではそれお願いします」と彼は言うしかなかった。
泉は目をそらした。
たぬきの置物がギザギザの歯をむいて泉を見ていた。…こわい。たぬきの横に目を移すと藁のようなものをまとったじいさんの石像があった。…何あれ?こわい。その下には埃をまぶされたようなはだるまの群れが床を埋め尽くすように置いてあった。全体が赤いようなだるま達だった。カウンター脇にはハゲたおっちゃんが大口を開け笑っている銅像がある。あれは何?なんであんなのがあるんだろ?変な店だなぁ。
泉は視線を前にもどした。
男性はぎこちない表情でおしぼりでテーブルを拭いていた。拭いたおしぼりをじっと見ている。多分黒く汚れているのだろう。
テーブルも年月の埃まみれなのだ。
泉は斜め前の彼に話しかけた。
「あの、あっちのハゲたおっちゃんの銅像って何でしょうね。すごく笑ってますね」
泉はカウンターの脇の銅像を指差した。
男性はそっちを見るとああ、という顔をして
「あれは布袋尊ですよ。七福神の。袋を背負ってるでしょ。財運とか商売繁盛の神様ですよ」と教えてくれた。
「わあ、物知りなんですね。私、どうしてハゲたおっちゃんの銅像なんか飾ってるのかな?って不思議でした。神様なんですね」
と泉が言うと
「ハゲたおっちゃんって…」
男性はおかしそうに笑った。
とても感じのよい笑顔だった。
その顔を見て泉は胸がキュンとした。