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あなたの好き嫌いはなんですか?第9回

「今日はいもと卵のコロッケにするつもりだったんだけど丸めて揚げるの面倒くさくなったからミモザサラダにした」
捨吉が大皿を持ってやってきた。
ミモザサラダの材料はじゃがいもと卵と野菜など。コロッケもじゃがいも主体の料理だ。
「あと、いなり寿司にした。奥さんの分もあるから持って帰れな」
と捨吉は立花に向かって言った。
大皿にはいなり寿司がきれいに並んで酢と甘いお揚げのよい匂いがする。
立花はそれをみて破顔した。
「奥さんいなり寿司大好きなんだよねぇ。ありがと、捨ちゃん」
奥さん?奥さんって奥さん?妻、嫁、配偶者の奥さん?
ああ…立花さん…この人結婚してるんだ…。
立花にしばしの間ポーッとしていた泉は一気に現実に引き戻された。
既婚者。
恋のようなときめきよ、さようなら。
泉のプチショックなど知る由もない男二人は台所から取皿や箸を運んで夕餉の準備にいそしんだ。
泉は腕時計を見た。午後6時30分。
いつもなら、会社を出るくらいの時間だ。
ああ、明日も仕事なんだわ。
足は大丈夫そうだけど、思わぬとこで夕飯をご馳走になる事になっちゃったな…。
泉はスマホをカバンから取り出し上司にLINEで知らせだけしておこうと文字をうちこんだ。よし、足捻挫したので直帰します。相手先との打ち合わせは問題なしでした、と。
そうこうしているとちゃぶ台の上にはご馳走が並んでいた。
「あっ!すごいおいしそう!」
泉はスマホを放り投げるとご馳走に目を奪われた。
ますますお腹が鳴りそうになる。
早く食い物よこせと胃が大暴れしそうだ。
用心して泉は胃のあたりを押さえた。
お願い。恥ずかしいから鳴らないでね。
「おいしそうだよねぇ。捨ちゃんは料理人なんだよ。最近、毎日夕飯食べにきてんの。僕」
立花が言った。
「えっ?奥さんと一緒に食べないんですか?」
泉は訊いた。
「うん。奥さん夜の仕事してるからね。夜は僕ひとりなんだよね。ひとりだと寂しくってさあ」立花が言うと、
「何が寂しいんだ。お前んちの猫が3匹いるじゃないか」と捨吉が言った。
「猫と人間は違うでしょ。猫じゃ埋められない心の穴があるんだよ」
「猫で充分だよ。それ以上求めるなんて贅沢なやつだな」
呆れた顔を捨吉はした。
「さっ、泉さん食べようか」
立花が両手をパンと打ち合わせて言った。
「おっ。食うか。泉さん遠慮しないでいっぱい食ってくれ」
捨吉も言った。
ちゃぶ台には大皿にいなり寿司、ミモザサラダ、チキンの香草焼き、大根ときゅうりとにんじんのぬか漬け、それぞれの取皿、醤油の瓶、箸がレトロな裸電球に照らされている。
泉は時空を抜けて昭和の家庭にタイムスリップしてしまったような不思議な気分になった。立花がいなり寿司を食べて微笑んだ。
「うん。うまいよ。いなり寿司。中に炒りゴマが入ってるね。これ好きなんだよね」
「こっちはひじきのいなり寿司だ。あまったひじきの煮物を入れたんだ」
捨吉もいなり寿司に食いついた。
「泉さんも食ってみ。そこのがゴマでこっちがひじきだから」
捨吉が泉に勧めた。
泉はひじきのいなり寿司をぱくっと食べた。甘辛いお揚げは濃すぎず、さりげない甘じょっぱさで酢飯は控えめな味。
ひじきの煮付けを酢飯と合わせたのがうまく調和していた。
「おいしい〜」
泉は思わず笑顔になった。
「今日さぁ、ヘンテコな店に入っちゃったんだよね」
サラダを食べながら立花は言った。
「薄暗くてホコリだらけで、そこで泉さんと一緒になったんだよね」
立花は泉を見た。
「そうですね…。すごいホコリっていうか…個性的な店でした…。料理も個性的だった」
泉はお昼ごはんを思い出して顔をしかめた。

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