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あなたの好き嫌いはなんですか?最終回

「泉さんは、これから俺んち家寄ってかない?昨日夕飯食べに来いなんて話になっただろ。立花は今日は夜仕事になって来れないんだと。俺、ケーキ作ってあるんだよ」
捨吉が歩きながら言った。
泉はケーキと聞いてまたきゅっと胃が動いた。
「どんなケーキですか?」
気になったことを訊く。
「ショートケーキ。苺じゃなくて缶詰の黄桃のショートケーキ。俺ショートケーキが大好きなんだ」
自分で作るほど。と捨吉は照れたように笑った。無邪気な子供のような笑顔だった。
この人いい顔で笑うなあ。
泉は胸が温まるのを覚えた。
「私、朝からなんにも食べてなかったんです。もうお腹空いて死にそうだったんですよ」泉が笑って言うと
「じゃ食べて行ってよ。家は食いもんだけはあるからさ」捨吉も言った。

捨吉のボロ屋でケーキを食べながら色んな話をした。
それは泉にとってかけがえのない時間に感じた。まだ母の怒鳴り声が耳の奥にこびりついていたからだ。
あんたなんか生まなきゃよかった!
捨吉と話すうちに母に対面してもみくちゃになった心が洗われていくような気がした。
「私、ボロボロ泣いてしまって、泣きながら帰ってきたんですよ」と泉が言うと捨吉は
「俺も、故郷に帰った時、いい歳してガキみたいに泣きわめいちゃったよ。母親に家から追い返されたんだ。そしたら馴染みの山のおばあんが泊めてくれたんだよ」
「そうですか…」
「俺は生まれてきたけど、誰にも喜ばれないし、家は追い出されるし、飼ってる犬は山に捨てられるし、いい事なんかなんにもなかった。もう死にたくなった」
「うん」
「そしたらおばあんがおめぇはお父うや母ちゃんの為に生まれてきたんじゃねぇんだでって言ったんだ。おめぇはおめぇの為に生まれてきたんだ。親に捨てられても、この世がおめぇを必要としたからこの世の力に生かされたんだって、おめぇは幸せになる為に生まれてきたんだから、早まって死ぬな、って言いたかったんだろな」
「早まって死ぬなか…。」
「それにおばあんは俺を自分の子のように思ってる。死んだ犬のチロもおめぇを愛してるから生きろって」
「死んだ犬のチロ?」
「おばあんの山の家に行ったら死んだはずの犬のチロがいたんだ。不思議だなぁ。本当に死んだチロだったんだ」
捨吉は思い出すように遠い目をした。
「おばあんが言うには山はこの世とあの世の境目が曖昧だから、たまにあの世の者が来るんだって。チロは俺に会いに地獄のけもの道を歩いて来たんだって」
泉は黙ってうなずいた。
「地獄のけもの道は険しくて並大抵の道のりじゃないんだと。それをチロは俺に会う為だけに歩いてきた…そんな事を聞いたら死ねないよな。死んでたまるかって思ったよ」
「死んでたまるか…いいですね。私もそう思わなくっちゃ。母みたいにひどい人でも平気で生きてるんだもん」
「そうそう。俺ら生きてる限りはこの世に生かされてるらしいから。楽しまなきゃ損なのかもな」
「私、アパートに帰ってひとりになったら、すごく落ち込む予感がして不安だった…捨吉さんに会ってよかった…ケーキもすごく美味しいし」
泉は黄桃のショートケーキを3個食べていた。スポンジは素朴な卵の味があり缶詰の黄桃の甘さが懐かしい味がした。
「お腹減っていたんだなぁ。夕飯はそうめんにしようと思ってたけど食う?」
捨吉が泉の顔をのぞきこんだ。
そのまっすぐな目に泉の胸はときめいた。
「そうめん、食います」
泉が応えると捨吉はとても嬉しそうに笑った。

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