あなたの好き嫌いはなんですか?第25回
一刻も早く母のいる場所から遠ざかりたい。泣きながら高崎駅に戻ってきた泉は、止まらない涙をハンカチで押さえながら肩を震わせ泣くのをこらえようとした。
しかし、涙は止まらない。
うつむきながら自分の靴だけ見ながらエスカレーターに乗る。
涙ですべてが滲んで見える。
とにかく雑踏の中で人にぶつからないよう歩く。ギュッとトートバッグを握りしめる。
ハンカチで顔を押さえながら券売機で切符を買った。
早く帰りたい。帰りたい。もう嫌だ。
全身に母の毒を浴びてしまった。
服も、何もかも脱ぎ捨てて、全部洗い流したい。
そう思った途端、自分の中の何かがぶちっと切れた音がした。
改札を抜け両毛線の六番ホームにエスカレーターで降りる。
ベンチに座ってひと息つくと、やっと涙が退いてきた。
鼻水を啜り何気なく向こう側のホームを見ると立ち食いそば屋があり立ったままそばを啜るスーツ姿のおじさんが見えた。
泉は朝から何も食べていなかったことを思い出した。
どこかで何か食べようか…。
思いだしたら胃がきゅっと縮んだ。
泉に「食い物くれぇ」と胃が言った。
ふっと泉は笑う。
お母さんなんか死んじゃえ!
さっき自分が母に投げつけた言葉を思い出す。
母にはまともな言葉が通じないんだった。
そんな事すっかり忘れていたけれど、本当にひどい人だったなあ。
ひどい人だというのを確かめに来たようなものだった。
母に本音をぶつけられただけ、私はマシになったと思うしかない。
私の本音って「お母さんなんか死んじゃえ!」か…。
母にまともに向きあえばこちらが消耗するだけなんだ。
はあ、やっと落ち着いた。
泣くだけ泣いて化粧が全部落ちちゃったわ。泉はベンチ横の自動販売機でオロナミンCを買うとスポンと栓を抜いて一口飲み下す。
冷たくい刺激に、はっきりした甘さ。
オロナミンCのキャッチコピーは元気ハツラツだったよね?
ひさしぶりに飲んだらすっごいおいしいや。
泉は腰に手を当て、立ったままオロナミンCを飲み干した。
電車がホームに滑り込んできたので乗る。
発車まで時間があるので、ぼんやり車内をみた。
乗客は仕事なのかスーツ姿の上司と部下らしき男性達、中年女性、金髪の外国人カップルが向かいの席に並んでいた。
外国人のカップルは駅弁を広げて英語で囁やきあっている。
彼女の弁当はハローキティのだるま弁当で彼氏はおぎのやの釜めしだった。
ひとつひとつの具を不器用な箸使いでつまみ点検するように眺めてから、口へ運んでいる。彼女はハローキティのかまぼこをじっと見つめて「これは、食べれる物なのか?」みたいな怪訝な顔をしている。
泉はその様子を興味深く見つめていた。
結局、彼女はかまぼこを口に入れて噛み締め、なんだかよくわからないわ、という風に首を横に振っていた。
彼氏は釜めしのあんずと栗を彼女にあげていた。
やがてベルが鳴りゴトンと電車が動き出した。泉は大きく息を吐いて、しばし目を閉じた。
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