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捨吉の秋17

「結局、勉強するより仕事する方が楽だったなあ。金になるし、生きてたらまず金が必要になるんだからな。馬鹿はいくら勉強したって自分を活かす学問なんか見つからねぇのよ、馬鹿なんだから」
捨吉は囲炉裏端で独り言ちた。
定時制高校へ行くきっかけになったまさおの父ちゃんの言葉を思い出していたのだった。
実際働きながら勉強するのは大変だった。
朝開店前から中華料理店で働き、くたくたになるので学校ではほとんど居眠りしていた。
それでも根性なしの割には頑張りをみせて4年間の定時制高校は卒業した。
昼間、ただひたすら皿洗いをし、注文をとり、料理を運ぶ、その見返りとして給料を貰う。
働く方がすぐ自分を活かせる。金になる。
捨吉は見習いから調理を覚え、定時制高校を卒業するとその中華料理店に就職したのだった。調理師免許を取るための勉強も真剣やった。そういう調理の仕事は「自分を活かす学問」なのかもしれなかった。
素材の扱い、火を入れるタイミング、味付け、盛り付け、それらをこの手で作り出し、商品として客に出す。
ひとり飛び込んだ人間社会で捨吉は料理人という立場を手に入れた。
しかし、料理人になったが、成り行きでなったようなもので料理人になりたかったわけではなかった。
仕事は面白かったがただ生きて食っていく為の仕事だ。
とにかく食えればよい。
いつも空腹の少年時代を過ごした捨吉にとってまず第一がそれだ。
中華料理店はまかないも出たし、味もうまかった。捨吉の家では外食など滅多にしなかったし、継母のシズは和食しか作らなかった。
それだって捨吉が中学生になると親父のおかずは刺身などを並べたが捨吉の分は用意しなくなった。捨吉が反抗的態度を示すようになると「はあ、捨ちゃん困ったなあ」というだけで「じゃ捨ちゃん自分でいいように食いな。母ちゃん捨ちゃんの食いたいもんわからんで。冷蔵庫に納豆とか佃煮あるで。母ちゃん捨ちゃんの好きなもんわからんで」とシズ捨吉の食事の世話を放棄した。
捨吉の働く事になった中華料理店は2階建ての大きな店だった。
客席の大きなテーブルには回転するようになっていた。
大皿料理をお客達がグルグル回しながら健啖に食事する様は生命力に溢れていた。
店のまかないはうまくて炒飯や焼き豚を白飯にのっけてタレをかけた飯などいくらでも食えた。難しい事など考える必要はない。
今日飯が食えればそれでいい。
「そういうのがいけなかったのかもしれんな。まさおが結婚できて俺が結婚できないのはそれだ」
捨吉はまた独り言ちた。
「なんだて?おめぇ、ひとりで何言ってんだや」山姥が顔をあげた。
食後の囲炉裏端で山姥はケダモノのクロの蚤取りをしていた。
「いやあ、色々人生をふり返ってたんだよ。結局、俺は親の教育が悪かったからろくでなしになっちゃったんだと思うんだよ」
「てめぇはまた、どそべた事をぬかしやがるな」
山姥は指をペロリと舐め、蚤を潰した。
どそべたとはふざけた、という意味だ。
「まさおはちゃんと両親が愛情かけて勉強教えてくれたりちゃんとした飯を食わたりして育てただろ。だから人間らしい愛情を持った人間になったんだよ。だから結婚できたという訳さ」
「じゃあ、おめぇは親が愛情かけなかったせいで愛情がわからず、ひとり者というんか。愛情とはそういうもんじゃないわい。どそべるのもいい加減にしろ。ばかたれ」
山姥が吐き捨てるように言った。

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