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普通に事故ったカボチャの馬車

【あらすじ】
 養子に入った家で毎日お義母さまとお姉さまにいじめられていたシンデレラ。しかしある日突然目の前に現れた不思議なおばさんの魔法の力で、綺麗なドレスを身にまとい、カボチャの馬車で舞踏会へ向かうことになった。後は城で王子様といい感じになるだけ!
 そう思っていたのに……。
「ごめんなさい、なんかカボチャの馬車が事故っちゃいました」
 シンデレラは無事にお城へ辿り着くことはできるのか?


 私の名前はシンデレラ。自賠責保険には入ってません。

 ……これ、どうしよ。
 私をお城と王子様の元へ連れて行くはずだったカボチャの馬車は、月明かりに照らされた沿道の木にぶつかって情けなく白い煙を吐いている。

 この煙は何?
 大丈夫なやつ?
 爆発とかする?
 っていうかガソリン車なのこれ?

 しばらく様子を見たけれど、目の前の惨状に変化はない。少しカボチャの香ばしい匂いが漂ってきただけだ。
 あれ?ということは焼けてる?……考えても仕方ない。とりあえずこの馬車の持ち主である魔法のおばさんに連絡しようと思い、私はスマホを探す。

 ……ない。
 あれ?王子様とLINEかインスタを交換して、自撮りも撮って、ストーリーにあげようと思って持ってきたので絶対にあるはずだ。でもない。ということは……馬車の中だ!

 私は慌ててカボチャの馬車(半焼け)の中を探す。
 幸いにもまだ火の手はあがっていない。
 スマホスマホ……あった。うわ最悪、画面割れてる。
 またお義母さまに怒られるな……。ただでさえお姉さま達の嫌がらせで私だけアンドロイドなのに。まあでもアンドロイドが割れるって相当な衝撃だったんだな。iPhoneだったらきっと見るも無残になっていただろう。まさかお姉さまたちの嫌がらせがこんな形で役に立つとは……。


 養子に出されてからもう十年近く経った。
 私が生まれる直前にお父さんが亡くなり、お母さんは女手一つで私を頑張って育ててくれた。お母さんは優しい人で、朝から晩までパートを掛け持ちしながら私を養って、休みの日にはよくクッキーを焼いてくれていた。

 だけど未亡人に特別な税制の優遇や保険料の減免があるわけではないこの国で、お母さんは私が小学校に上がる前に過労で倒れてしまった。近所の人が病院に連れて行ったのを見送って以来、私はお母さんと会っていない。

 そして一人残された私を引き取ったのが、扶養控除と児童手当目当てのお義母さまだったというわけだ。最初は大人の事情の訳も分からず泣きじゃくるばかりだったが、十年も経つともう何もかも慣れてきた。
 自分だけご飯の量が少ないとか、家事の分担量が明らかに私だけ多いとか、最初はそんなお義母さまたちの嫌がらせにいちいちショックを受けていたが、べそべそ泣いていてもご飯は増えないし、家事が終わるわけでもないので、もう泣くのはやめた。

 最近一番困っているのはお姉さまたちがイエベなのに対して私がブルべなこと。お下がりの服はほぼ全てが暖色でほとんど似合わない。さらに彼女たちが面長なのに対して私が丸顔なので彼女たちのボートネックを私が着ると、より顔の丸さが強調されてしまってバカみたいになる時がある。
 でもそれくらいだ。
 我ながら強くなったと思う。それにお義母さまとお姉さまも、こんな灰かぶりな私を扶養控除と児童手当目当てとはいえ引き取ってくれたのだ。全く恩がないわけではない。

 だから舞踏会に置いていかれたことも別になんとも思っていなかった。なんなら久しぶりに家で一人になれたのでラッキーとさえ思ったほどだ。それくらいに私は自分自身の境遇に慣れという名の諦めを感じていた。

 魔法のおばさんはそんな私がリビングで寝転びながらYouTube Shortsを見ている時に突然やってきた。インターホンの音に反応して玄関のドアを開けた私を見たおばさんは自分から訪ねてきたくせに、なぜか一瞬驚いていた。簡単な挨拶を済ませ、おばさんはこう言った。
「舞踏会に行きたくない?」

「連れて行かない」と言われるのと、「行きたくないか?」と言われるのは大違いだ。前者が選択肢などないのに比べて、後者には選択肢がある。
 そして選択肢を与えられたら……そりゃ行きたいに決まっている。
 泣くのをやめたのも、強くなったのも、別に好きでそうなったわけじゃない。私もお姉さまたちみたいに綺麗なドレスを着てみたいし、お金持ちの貴族や王子様と友達になって、どう捉えても自慢でしかない嫌味なストーリーにあわよくば王子様をタグ付けなんかしちゃってアップしてみたい。

 こうして私はカボチャの馬車に乗って、舞踏会の開かれている城へ向かい、事故ったというわけだ。


 苦難と衝撃を乗り越えたアンドロイドの電源ボタンを押すと、当たり前のように画面が光る。
 さすがだぜXperia。今はその無駄にカッコいいロゴの演出が頼もしい。
 通知は……お姉さまからの自撮りのLINE。うわあ楽しそう。でもお姉さま、SNOWでフィルターをかけすぎて隣の貴族の顔がへちまみたいになっちゃてるな。教えて……あげようとしてやめた。少しくらい普段の仕返しをしてもバチは当たらないだろう。時空を歪める特殊能力のあるお姉さまのLINEに、私は適当なスタンプを押した。

 おばさんのアカウントを探す。
 さっき家を出る前にLINEを交換しておいて本当によかった。
 おばさんの名前はローマ字で「Tesla」と最初は書かれていたけど、これじゃあしばらくしたら誰か分からなくなることが目に見えていたので「魔法のおばさん」と変えておいた。

 正直私はこの人のことをまだ信頼していない。
 だって突然現れて何の縁もない私に「かわいそうだから助けてあげる」だなんて、冷静になると意味が分からない。あの人になんの利益もないだろうに……。だから私は最初、もしかしたら後からとんでもない額のお金を要求されるのかもしれないと思い立った。もちろん本人にもそのことを聞いてみたが、頑なに否定された(そりゃそうだが)。

 そんな風にあからさまに疑う私をなんとか信用させようと、おばさんは目の前で魔法を使ってボロボロで灰かぶりだった私を綺麗にしてくれた。そしてトドメとばかりに台所に置いてあったカボチャを馬車にした。もうこの時点で私はほとんど信じていたけれど、おばさんがここまでしてくれる意味が本当に分からなかった。でも、そんな私の説得に必死なおばあさんを見ていると少し可哀そうになって、私はとりあえずLINEだけ交換して出発することにした。
 だけど、そのLINE交換がもっと私の疑念を深めることになった。

 おばさんのLINEのプロフィールは黒背景に(魔法)と白文字で書かれている意識高い系のアイコンで、なんだか最悪な悪徳コンサルみたいだった。
 さらにその下に設定された一言は誰かの名言のようだった。
 「アイデアを実行することは、思いつくよりも難しい」
 なんじゃそりゃ?

意識たかそー……。

「本当に綺麗だわ……本当に」
 指摘しようとする私に、おばさんは目を輝かせ噛みしめるように言った。
 正直騙されても失うものなんてほとんどない(たぶんお義母さま達は助けてくれない)し、そんな私にこんなことをする意味も必要性も分からない。こうして私は魔法のおばさんを信じ、馬車へ乗り込んだ。
 引く馬もいない馬車は城への夜道を静かに、エンジン音をたてることもなく、ゆっくり進み始めた。


(うさぎがヤバイ!と言っているスタンプ)既読
 うわ、もう既読がついた。もしかして心配してずっとLINEを見ててくれたのだろうか?
「どうしました?シンデレラ」返信もめちゃくちゃ早い。

「ごめんなさい、なんかカボチャの馬車が事故っちゃいました」既読
「え?」
「なんか……木にぶつかって止まってて」既読
「それは本当なの?ウソは良くないわ」
「私もウソかと思いました。最初は。でもあのマジなんですよ」既読
(白煙の出てるカボチャの馬車と私の自撮り画像を添付)既読
「こういう感じで」既読

 なんだか急に申し訳なくなってきた。せっかくなんの縁も恩もない私にこんな綺麗なドレスを着せて、どういう原理か分からないけど馬車まで用意してくれたのに、結局私は城へたどり着くこともできなかったばかりか、馬車を壊してしまった。しばらく返信を待っているとおばさんからLINE電話がかかってきた。

 電話口の向こうのおばさんは冷静なのを装っているが、焦りや困惑を堪えているのがなんとなく分かる。
「まずはシンデレラ……ケガはないかしら?」
 こんな状況でもまず私の身体を心配してくれる。この人はやっぱり良い人なのかもしれない。こういう緊急時に人の本性は現れると私は思う。
「あ、私は大丈夫です」負傷者はアンドロイドだけだ。「カボチャの果肉で衝撃吸収されたみたいで。あの、すごく安全でいい馬車ですね」おばさんのただごとではない空気感をスマホ越しに感じた私は、本能的に日々のお姉さまからのお小言への対処法として身に着けた、小手先のご機嫌取りを発動してしまった。
 「そんなことはどうでもいいの」しかしそんなものはおばさんには通用せず、ピシャっと言い切られてしまった。

「何が起こったの?」
「いや、すいません。私も、あの、ツイッターを見ていたら急に加速して。気付いた時にはぶつかってて」
「Xね」うわ、こういうのいちいち言い直してくるタイプか。ちょっと嫌かも。
「なるほど…。ハンドルとか触ったわけじゃないわよね?」
 え?そもそもハンドルがあったのか。あ、もしかしてあの果肉から飛び出てたカボチャの種みたいなやつか?私がおばさんのことを疑ったせいでかなり時間的な余裕がなくなった(0時までに帰らないといけないらしかった)せいか、足早に馬車に乗ったので後ろでおばさんが言っていたことの半分も聞こえていなかった。
「すいません、ハンドルに気付いてすらいなかったです」
 しばしの無言。私には分かる。これは呆れと呆れのあまりに驚愕している無言だ。養子になった当初、なかなか家事を覚えられない私に、お義母さまがよく出していた空気。地味にこれが一番嫌だった。マジでごめんなさい。どうやら私に責任があったんですね。

「そう……いいのよ」その声に怒りや呆れは全く感じなかった。
「触っていないのならFSDが解除されたわけじゃないのね」
 なんて?なにか聞き慣れない単語が聞こえて、私は思わず「すいません」と言ってしまった。
「いいのよ。あなたのせいじゃきっとないわ」
 おばさんの終始優しい声を聞いて、なんだか泣きそうになってきてしまった。こんな風に自分の周りで起きたトラブルの非を責められなかったのはいつぶりだろう。やっぱりこの人はいい人かもしれない。しかし我ながらさっきから単純だな、私。

「あのFSDはまだベータ版だったの。やっぱり無難に従来のトラフィックウェアクルーズコントロールを使うべきだったかしら」
 マジでこういう横文字が相手にも当たり前に通じると思ってる奴いるよな。一周回ってその方がなんか頭悪いと思いませんか?
 コンセンサスって言葉を最初にお姉さまに言われた時を思い出した。
 コンセントだと思った私は死ぬほど馬鹿にされ、お姉さまはそれをツイッターに投稿して少しバズっていた。


 どうやらおばさんは私を迎えに来てくれるらしい。
 電話を切る間際におばさんはもう一度私に謝ってくれた。
「あの……本当にごめんなさい」
 その声は本当に申し訳ないと思っている声だと私には分かった。うわべだけの「ごめんなさい」を繰り出しすぎてもはやなんの価値もない私のそれとは大違いだった。
「いえ……あのこんな機会くれただけで嬉しかったです」
「……すぐに行くわね」

 おばさんが来るまでの間、私は改めて事故現場を見て回った。
 さっきまで明るかった月は雲の裏に少し隠れてしまい、私はスマホのライトを着けた。暗闇に浮かび上がった壊れたカボチャの馬車はどこか不気味だった。
 事故った時、ショックよりも「やっぱりな」という気持ちが大きかった。そもそも昔から大してツイていないのだ。今さらこんな夢みたいなことが起きるわけがない。童話の中の話じゃあるまいし。

 もしかしたら夢かもしれないな。
 この前ツイッターのTLで見かけたが、夢は過去に起きたことと未来に起こるかもしれないことがごちゃまぜになってできているらしい。
 私はおそらくリビングでYouTube Shortsを見なが寝落ちしてしまったのだろう。そして、舞踏会に行くかもしれない未来を、これまでのツイてない過去がこんな馬鹿げた形で邪魔してきたのだろう。
 夢の中ですら幸せになれないとは。かわいそうな私。
 っていうか覚めるなら早く覚めてくれないかな。カボチャの馬車の事故処理とかしたくないし……。

 おばさんは言葉の通りすぐに来てくれた。
 驚いたのはキュウリの馬?に乗って来たことだ。
 ホウキとかじゃないんだ。

「シンデレラ!」そう言うとおばさんはキュウリから飛び降り、私に駆け寄ってきた。その顔は本気で私を心配しているように見えた。
「ケガはない?どこか痛いところとか…」
「あ、それは本当に大丈夫です」
「そう……よかった。あの、色々あるけどもう一度だけ直接言わせてほしいの。本当にごめんなさい」
 おばさんは私より小さい身体をさらに小さく折りたたんで頭を下げた。
「そんな。顔上げてください。もう大丈夫ですよ」
 顔を上げたおばさんの顔は本当に気の毒なくらい申し訳なさそうだった。
「そ、それより、あれ大丈夫ですかね?なんか煙が、爆発とか」
「ああ、あれは大丈夫よ。電気で動いてるから」
 なんかすごいな。魔法じゃないのか。
「多分ラジエーターの煙ね」
 もうやめてくれ横文字。
「あの、なんで事故ったんでしょうか…やっぱり私のせい」
「いいえ、それはないわ」私が私自身の非について言及しようとする間もなく、おばさんはまたピシャリと言い切った。庇ってくれてるのだろうか?
「あの馬車は、特別なの」
 特別、という言葉を聞いて私は震え上がる。そんなとんでもない物を私は壊したのか?自賠責保険に入ってない私はどうすることもできない。まさかおばさんは実はお義母さまたちの差し金で、私を家から追い出すための……。そんな最悪の想定が頭を駆け巡る。夢なら早く覚めてくれ。本当に。
「すいません、私自賠責とか……何も……」
「え?ああ、自賠責保険ね」おばさんはそう言って少し微笑んだ。
「私も入ってないわ」え?

「シンデレラのためにね、電気で動いて、しかも自動で運転する車を作れるように魔法の練習したのよ」
「へ?」私のため?
「だってこんな最先端の機能のある馬車でお城に行けば注目の的になるでしょう?だから練習したの。だけど……ダメだったのね。本当にごめんなさい。私が未熟なばっかりに」
 正直馬車の機能についてはよく分からなかったけど、私のことを考えたうえでのことだということは分かった。そしてそれが、なんだかとても嬉しかった。
「あの、ありがとうございます」
「え?」
「こんな私のためにそこまでしてくれて。それと……疑ってごめんなさい」


 普通に事故ったカボチャの馬車を見ておばさんがぶつぶつと何か言いながらメモしている。もう私はこの人のことを1ミリも疑っていなかった。
 ふと、横目でおばさんが乗って来た乗り物を見る。やっぱりキュウリだ。
「このキュウリ……」
「ああ、それ?それね、東洋の方で人気らしいの。なんでも早く来れるとかって」
「はあ」
「その証拠に早く来たでしょう?」
 少し明るくなったおばさんを見て私はホッとする。おばさんは馬車の周りをぐるっと回ると、ふー、と一息ついて、こちらへ戻って来た。
「うーん……原因はよく分からないけど、この月明かりだから……。もしかしたらだけど、月明かりに反射した部分を『物』として認識できなくて避けそこなったのかも」
「そうですか……」私がそう言うとカボチャの馬車と私のドレスはゆっくりと元の灰かぶりの服と、小さなカボチャに戻った。カボチャは半分割れていた。
 こんなことならもっとちゃんと自撮りを撮っておけばよかった。
 城で撮るからと油断していて結局おばさんに送った白煙をあげる馬車と私のふざけた自撮りしかない。
「0時だわ」おばさんはポツリと言って、私の方へ向き直った。
 元のみすぼらしい恰好に戻った私を見たおばさんの顔は、一瞬月明かりに照らされて、とても悲しそうに見えた。そして何かを決意したように私の目をまっすぐに見て話し始めた。
「あのね、シンデレラ」
「はい?」
「舞踏会は来週もあるわ。……私のこと、もう信用できないかもしれないけど……もう一度チャンスをくれないかしら」
 何故この人はこんなに私に優しくしてくれるのだろう?
 そう思って、私はまた疑っている自分を恥じた。ここまでしてくれる人を疑ったら、私もお義母さまやお姉さまと同じになってしまう気がした。
 この人になら騙されてもいい。信じるってこういうことなのかもしれない。具体的な行動や言葉じゃない。ただ、この人なら、と思うこと。私は10年ぶりに誰かの優しさに触れ、そして誰かを信じてみることにした。

「あの、こうなって変な話ですけど。私おばさんのこと信用しようって、今回のことで思いました」
 そう言う私を見たおばさんの嬉しそうな顔は、私の記憶の片隅にうっすらと残っていたお母さんに似ていた気がした。


 おばさんの操るキュウリの馬で家まで帰る。キュウリの馬の乗り心地はたまにトゲが刺さること以外は案外悪くなかった。しかも結構早い。おばさんの小さな背中に掴まる。
「そうだ、来週はもう少し豪華なドレスにできるように練習しておくわ。ガラスの靴とかどうかしら?」
 そう話すおばさんは少し嬉しそうだった。

 自宅に着く。お義母さまたちはまだ帰ってきていないみたいだ。
「それじゃあ来週、今日と同じ時間にまた迎えに来るわね」
「はい、じゃあ待ってます」
「あと……お詫びになるか分からないけど……」
 おばさんはポケットから紙に包まれた何かをくれた。包みを開けるとそれは小麦色に優しく焼きあがったクッキーだった。
「クッキー?」
「そう。さっき魔法で、あの、作ったの」おばさんは妙にもじもじしながらそう言った。ん?さっき?ずっとキュウリに跨っていたのに、いつの間に作ったのだろう?まあいいか。魔法ならそれくらいなんてことないのだろう。
「ありがとうございます」
「……じゃあ、また来週ね」
 おばあさんは「ハイヨー!」と掛け声をすると、手に持っていたホウキでキュウリの馬の尻を叩く。叩かれたキュウリはすごいスピードで夜の道の向こうに消えて行った。
 私はその背中を見送り、クッキーを口に入れた。おばさんのくれたクッキーはさっき作った割には冷たく、魔法で作ったにしては不揃いだったけれど、バターの優しい風味が口の中に広がって、それがなんだか不思議と懐かしい気がした。


 普通にカボチャの馬車が事故って一週間が経った。
 お義母さまとお姉さまは今日も私に嫌味を言ってから舞踏会へ向かって行った。お姉さまは自撮りのいいねが伸びなかったのだとグチグチ言っていたが、そりゃ時空を歪める女にはいいねよりこわいねが勝つだろう。鍵引リツは多かったらしいので、きっとそれに気づいた鍵垢にめちゃくちゃバカにされているんだろうということは想像に難くないが、まあこの世の中には知らない方が幸せなこともある。
 私はというと相変わらず灰かぶりの日々を送っていた。
 変わったことがあるとすれば、おばさんのLINEの名前を「テスラおばさん」にしたことくらいだ。

 アンドロイドの電源ボタンを押す。
 壁紙はあの日撮った馬車と別人みたいに綺麗な私。顔は少しふざけているけど、それでもやっぱり綺麗だ。今週はこの壁紙にかなり励まされた。この自撮りと画面に入った何本かのヒビが、あの日の出来事が夢じゃないことを証明してくれていた。

 そろそろおばさんが来る時間だ。
 私はあらかじめ用意した新しいカボチャを机の上に準備して、あの日の事故って半壊したカボチャから作ったクッキーを紙で包んでポケットに入れた。
 おばさんは喜んでくれるだろうか?
 そう思っているとインターホンが鳴った。

イラスト ずん吉 様


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