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すべてその人次第
目的を持ち、精進、努力するのは
その人にかかっています。
もしそれをするのならば
そこに男女の差は関係ありません。
弘法大師空海
信修(しんしゅう)すれば、則(すなわ)ちその人なり。
もし信修することあらば、男女を論ぜず、皆、これその人なり。
『遍照発揮性霊集』
自分がもし何かの目的を持ち、それを信じて学び、遂行し、修めるのであれば(もちろん大師のいうのは仏の法だけれども)そこには、男女の違い(性の多様な今で言えば性別の違いでしょうか)は関係ありません。
続く「貴賎を簡(えら)ばず、悉くこれその器なり。」
生まれにも、身分にも関係しません。
みなその器(法を入れる器)になります。
これは大師が仏教とは何かを説明している文章の中にあります。
(もっと細かく言うと最澄に送る手紙の中です)
仏教とは、いうまでもなく釈迦の説いた教えです。
仏教を信じて学ぶのに、男女、生まれ、身分の違いは関係ありません。
どの時代、どの国も関係なく、学ぼうとする者のためのものです。
ただし良い薬も飲まなければ効かないし、良い服があっても着なければ寒い様に、仏教も知識として持っていても実践しなければその意味はありません。
仏教いいな→体と口と心でそれを実践する。
どれだけ仏教が何であるかという知識を得たとしても、それだけでは仏教としての意味はありません。
生活の中に活かしてください。
それが何より大事ということです。
今日も笑顔でぼちぼちと。
より良い一日になりますように。