居心地をよい空間をつくりたい。世の中のめまぐるしい変化をきっかけに、衣食住のうち「暮らし」を大切にする人たちが増えている。田舎に移り住む、地元に戻る。あたらしいまちへーー
観光であっても移住であっても暮らしはきってもきれない、だからこそ奥深さがある。
三条市は江戸時代から続く鍛冶技術の伝統を受け継ぎ、金属加工産業を中心に発展してきたまち。わたしたちが日常の暮らしでつかう道具は、このまちで生まれたものも少なくはない。
先人の知恵を活かして革新的な進化を行う。その過程で生まれた道具は、日常に散らばって線としてつながる、そう思えたのが『黒染め』ワークショップでの出来事があったから。
半世紀にわたって代々受け継がれる『黒染め技術』
某日、ここは三条市金子新田にある株式会社テーエム(以後、テーエム)。黒染めと聞き、まだ馴染みがないわたしに優しい語り口で、テーエム代表の渡辺竜海さんは過去を振りかえる。
加えて黒染めは太古からの自然現象が由来とされ、テーエムでは鉄やステンレスにも応用していると教えてくれた。
素材を錆びづらくする効果を持つ黒染めは、技術自体会得するまでに長い月日の知識と経験を要する。なぜなら、小さな変化によって染色具合は変化し、素材によってときに染まらないときもあったからだ。
人為現象で生まれたパーカライジング処理
テーエムでは黒染め技術以外にもパーカライジング処理(燐酸亜鉛処理)を行う。パーカライジング処理とは自然界に存在しない人の手によってつくられた技術のひとつ。
古くはエジプトのピラミッド内で収められていた宝飾物に施されていたそう。現代に近づくにつれてピラミッドの研究が進み、工業製品として利用できるようにと改良されてきた。
日常の中にある素材に一手間、私たちが当たり前に長く享受できるものに。そう考えていると、まちに根付く技術を体験したい。そう思えたのだ。
工場見学とともにご厚意で黒染めワークショップを開催していただいた。頭のなかでは教えてもらった黒染めの知識をモクモクと広げながらテーエムの工場に赴いた。
黒染め体験ツアーにいざ行ってみよう!
工場から鳴り響くのは、小型クレーンによって染色液に浸けては持ち上げられるカゴと不規則な機械的な音。加工工場を訪れると職人たちの真剣な眼差しと熱気、そして黒染めの染液から立ち昇る煙。自然と五感が研ぎ澄まされていく感覚をふと覚えた。
職人体験を経てわかる、黒染めのむずかしさとおもしろさ
<百考は一行に如かず>なんて諺があるし。恐れずに、わたしの手で黒染めをしてみよう。「生まれてはじめて黒染めを行うんだよね」と表情を硬くしたわたしに、黒染め簡易キットを用意くれた渡辺さん。
「熱温度によって黒は変わる」そう聞いていたけど、染色液は沸騰していくうちに熱温度があがってどんどん深黒へと変化。
おぉーと小さくこぼれた。赤っぽくなってしまったけど完成、でも「天才!」「上手!!」と褒めてくれた渡辺さん。火加減がむずかしかったため、黒染め技術に対する先人たちの苦労がかいまみえた瞬間であった。
「自分が源泉」 暮らしは創りだせる
自分の手でつくれた。ただ黒染め技術を肌で感じたからこそわかる、素材ごと黒に染めるむずかしさ。素材が大きくなればなるほど……。ステンレスになるとさらにむずかしい、知恵と経験がものをいう職人の世界。
「テーエムで一緒に働く子たちは0から技術を習得したんだよね」と渡辺さんは笑います。そんな折にそっとご紹介してくれたのが『自分が源泉 ビジネスリーダーの生き方が変わる』である。
自分が源泉。いい言葉だ。
先人の知恵によってもたらされた道具、それを技術で進化させるのも日常にとりいえるのも自分次第。
日常と技術、そしてまちが線としてつながっていくのだ。