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【第76回】北マケドニア 市場拡大する欧州市場を狙ったハーブ医薬品の合法化と産業化
北マケドニア共和国は、旧ユーゴスラビア連邦を構成した6つの共和国のひとつで、1991年に分離独立した。当時の国名は古代ギリシャのマケドニア王国に由来する「マケドニア」だった。
その後、隣国ギリシャに反対され、2019年に国名を変更した経緯がある。国土の大部分は山地で、九州の約3分の2の面積と人口約208万人を有する。公用語は約7割が使用するスラブ系のマケドニア語で、約2割が使用するアルバニア語が準公用語になっている。農業分野は、伝統的に牧畜、麦類、ワイン用ブドウの生産が盛んだ。なお、修道女マザー・テレサは、同国の首都スコピエ生まれである。
医療用大麻を広く合法化
バルカン半島は、ヨーロッパ最古のヘンプの考古学的証拠が発見された地域(本誌23年12月号に掲載)である。古くからヘンプを栽培し、20世紀初頭まで衣服や縄、食品、薬草として使ってきた。
北マケドニアの大麻草に関する転機が訪れたのは2016年のことである。ニコラ・トドロフ保健大臣(当時)のリーダーシップの下で、「麻薬および向精神薬取締法(以下、麻薬法)」が改正され、特定の疾患(がん、多発性硬化症、てんかん、HIV)への適応を想定し、医療用大麻の法人による輸入、輸出、製造および医師の処方が合法化されたのだ。マリファナの主成分であるTHC濃度0.2%以上のものを医療用大麻と定義し、同0.2%未満のものは規制の対象外とした。
北マケドニアの医療用大麻の合法化は、欧州ではクロアチア(本誌22年7月号に掲載)に次いで2番目で、EU非加盟国ながら拡大する欧州市場への参入を狙っての解禁だった。
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同国では、表1の4種類のうちの
(1)カンナビノイド医薬品
(2)ハーブ医薬品
(4)ヘンプ由来CBD製品(THC濃度0.2%以上のもの)
が医療用大麻に該当する。
ハーブ医薬品とは、厳格に品質が管理された大麻草の花穂やその抽出物などを示す。大麻草の乾燥花(カンナビスドライフラワー)は、欧州の医薬品規格をまとめた「欧州薬局方」に24年1月から正式に薬として収載された。
日本では、23年12月に大麻草栽培法と麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)が交付され大麻由来医薬品が合法化されるが、自己治療のための個人的な栽培・使用や嗜好目的の栽培は違法のままである。
医療用大麻への参入 企業側に高いハードル
医療用大麻の法整備によって、これまで70社ほどが同国に栽培や加工等のライセンス認可を受けたものの、商業化を実現したのは数社に限られている。
ポーランドに拠点を置くNYSKホールディングス社(16年に設立)は、北マケドニア政府から17年に医療用大麻の栽培と加工のライセンスを取得した。スコピエ国際空港(ペトロヴェツ市)からわずか500mにある工業地帯に3階建てで総面積1万7800平方mの屋内生産施設を建設した。
クローン苗の増殖、生育、開花、乾燥、トリミング、品質チェック、包装までの屋内栽培システムは、アメリカ、カナダ、イスラエルのビジネスパートナーからノウハウを学んだ(図1)。
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水、栄養素、温度、湿度、二酸化炭素、微生物等を自動制御する生産工程を採用。大麻草からTHCとCBDをそれぞれ抽出した医薬品原薬(API)、THCベースまたはCBDベース、THCとCBDを混合したハーブ医薬品、ドライフラワー(ハーブ医薬品に分類)を製造する。ドライフラワーに換算すると、年間15tの生産規模は欧州最大級になる。
こうした欧州市場が求める品質に対応した生産体制の整備に、5年の年月と2000万ユーロ(約30億円)以上が投じられた。同社は現在、欧州最大の医療用大麻の販売企業の1つであるPHCANNインターナショナル社の子会社として生産部門を担い、23年は売上高400万ドル(約6億円)、社員39名の規模にまで成長した。
17年に医療用大麻を合法化したドイツ、あるいは18年に合法化したイギリスに製品を21年から輸出している。今後は、欧州市場向けに医薬品原薬やハーブ医薬品を製造するために必須だったGACPやGMPなどの認証(表2)を求めない国々にも、製造過程の厳格な水準を満たした高品質な製品としての輸出を目論んでいる。
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もう一社の取り組みを紹介する。リプレック社は、首都のスコピエで1945年に創業し、22年度の売上高が2100万ドル(約31億5000万円)、従業員415名のジェネリック医薬品の製造企業である。
同社は20年から食品サプリメント扱いのCBDオイルとCBDの入った化粧品の製造販売を開始した。THCの入った製品は、北マケドニアでは合法化されているものの、輸出できる国が少ないため商品化していない。
前述したNYSKホールディングスと同様に商業化に至った理由は、同社がもともと医薬品をGMP認定工場で製造してきた経緯による。CBD製品を生産するために同社はドイツのパートナーと組んで、欧州GMP指令に準じた1300平方mの屋内栽培工場を新設した。国内企業の参入で唯一の成功例となっている。
国としても、21年に国際薬物条約に対応するべく麻薬法を改正し、医療用大麻のドライフラワーを輸出するために大麻管理庁を設立した。そして、医療用大麻の製造企業から、純利益の10%を税金として徴収する制度を導入したため、参入企業には品質管理ノウハウと合わせて、資金調達力が求められることとなった。
日本でも23年12月に改正された法制度では、厚生労働大臣免許の第二種大麻草採取栽培者による医薬品原料のための大麻草の栽培が可能となった。CBDやTHC等の抽出物を利用した大麻由来の医薬品の製造もできるが、大麻草の形状を有するものは規制対象のままである。つまり、本稿で取り上げた大麻草のドライフラワーは扱えない。北マケドニアの取り組みは、政策的にも今後の参考になる事例として注目してほしい。
『農業経営者』2024年4月号
【著者】赤星 栄志(あかほし よしゆき)
NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク 理事
1974年滋賀県生まれ。日本大学の農獣医学部卒。同大学院にて産業用ヘンプに関する研究により博士号(環境科学)を取得。
99年よりヘンプの可能性と多様性に注目し、日本大麻の伝統文化復興と朝の研究開発に関わる。現在、三重大学カンナビス研究基盤創生リサーチセンター客員准教授。主な著書に『ヘンプ読本』『大麻(あさ)』『日本人のための大麻の教科書』がある。