『非往復書簡』#6を届けた隣人(ご近所観測メモ)
観測日 3月20日(日) くもり 最高気温12℃
近所のカラスの鳴き声で目を覚ます。
同じ太さの鳴き声がここ数日響いている。カラスに縄張りがあるのだろうか。
カラスと同じくらい喧しい主婦の声も聞こえる。
マンションの向かいに居を構える飯田さんと橋本さんところの奥様方だ。
ぽっちゃりとガリガリ。深くてやたらと地に響く笑い、トンガってキンキンしてる笑い。
私の302号室の隣、303号室には女が住んでる。
地味な女だけど、昨晩も嬌声が響いていた。
相手はいつも誰だか分からない。
そして時折激しい異音が聴こえる。
機械音と何かがぶつかる音。
女の声はしない。だからそういうことではないんだと思う。
そういえば入った男が出ていくのは見たことがない。
もしかしたら、なんて思わなくもない。
洗濯機が回る音がしている。
301号室には男が住んでる。
顔もロクに見たことない。
だけど音はする。
中華料理店みたいな音がする。
ビブラートがかったり、ホーミーみたいな口笛が時折聞こえる。
散歩に出かけた広場には少年のグループと少女のグループがいた。
少年のグループは何やら真剣な顔つきで輪を作っているので、カードゲームかなと覗いて見るとエロ本だった。昭和の竹藪みたいだ。
少女の方はリーダーらしき女の子がベンチの上に立って、
「女王様ゲーム!」と叫んでいた。
「女王様の言うことは!?」「絶対!!」
すごいな。
グループ後方の子がひそひそと話している。
「言うこと聞かなかったらどうなるの?」
隣の子が、
「死刑じゃない?」
と答えた。
進んでるな今の子は。
近所のスーパーマーケットには色んな人がいる。
いらっしゃいませがほぼ「せー」発音の店員。
手を繋いで歩く仲睦まじい老夫婦。
不機嫌そうにそそくさと歩き回る男。
通路のど真ん中で始まる井戸端会議。
女児を見つめる清潔感のない男。
数字を呪文の様に羅列する老婆。
道端で独り言を羅列してる人間は組織の秘密を知ったせいで脳を弄られたんだと私は思う。この数字も実は。
牛乳とハムとパンを買って、スーパーから帰るとポストに封筒が入ってた。
301号室宛てだった。たまにある間違えだ。
そのまま301のポストに入れようかと思ったが、ふと隣の男の顔が気になった。
301号室に向かうとインターホンが見るからに壊れていたのでノックした。
「どうぞ。」
ドアを開けると、もぬけの殻だった。土間に靴もない。
いや、正確には少し物があった。
鼻と口が書かれた紙袋と一枚の紙。
「しばらく留守にします 探してください」
図々しいかまってちゃんだなと思う。
紙袋を開くとアンパンが入っていた。
「eat me」と胡麻で書かれている。
すごい。
私はつぶあん派だけど。
食べると記憶の味がした。
紙袋の後ろには「wear me」と書いてあった。
乗りかかった船だ。
被ると記憶の匂いを感じた。
どちらも私の記憶ではない。
どこかしら似通った、私自身の記憶と呼応する部分はあるものの、なんだか気味の悪い感触である。
でもこれが頭なのだから、これが私の記憶でなければいけないし、私のリーダーでなければならない。
王様の言うことは、