短編SF小説『学習』
美人が出没すると噂のバーにSが行くと、女性が一人カクテルを傾けていた。Sは好きな銘柄のスコッチを注文して、その女性の席から一つ空けたスツールに腰掛けた。横目で見る限り相当な美人だ。間違いない。グラスが届き一口舐めてから女性に声を掛ける。すると思いの外ノリが良く、話が弾んでSは調子づいてきた。調子づくと男と言うのは大抵の場合、知識をひけらかし始めるものだ。Sも御多分に漏れず、近頃の人工知能に関する自分の見解に話の枝葉を伸ばし始めた。
「人工知能というのは、人間の脳の動きをコンピューターによって模倣したものなんだ。最近の発展は目まぐるしいけど、まだまだ発展途上だし、結局は人間の思考を方式として真似しているに過ぎない。コピー&ペーストだよ。理解しているんじゃなくて、回答を丸暗記したり、カンニングしている学生みたいなものだよ。人間みたいに理解してそれらしく話したり、満足なコミュニケーションを取るのはまだ先なんじゃないかな」
女性は話を聞き頷きながら、二杯目のカクテルを注文した。Sはカクテルに関する豆知識も付け加えながら、話を続ける。Sはなんとしてでもこの女性に気に入られたかった。女性は微笑み、間の良い相槌を打ち、時たまカクテルを傾けた。そのうっとりとした表情は、確実に自分に魅力を感じている。Sは確信し始めていた。Sはマスターに会計の合図を出し勘定を支払う。そして彼女の手を引き店を出ようとした。すると、
「困りますよお客さん、うちの娘を攫うのは勘弁してください。」
とマスターに止められた。
「うちの娘だって?」
女性とマスターは外見の年齢から言っても、親子には見えない。それにここはバーでありスナックでもクラブでもないはずだ。マスターが言う。
「この娘は最近私が購入した人工知能搭載型のアンドロイドなのです。お客さんとの会話で学習させているんです」
Sは目を丸くして彼女を見つめ、それからマスターの方に向き直り、顔を赤くして少し声を張った。
「だったら最初から言ってくれたら良いじゃないか」
マスターは申し訳なさそうに応えた。
「説明前に盛り上がっていらしたので、この娘の勉強の為にも良い機会だと思いまして。それにしてもすごいでしょう?相槌や表情も随分自然になってきました。お客様達のお陰です」
とマスターは満足そうに微笑む。Sがああ話したから、ああ相槌を打って、こう話したから、こう微笑んだ。相手にとって一番最適な表情を浮かべていたに過ぎないのか、という驚きと羞恥心でSの酔いや欲は一気に冷めていた。Sの邪気が抜けきった背中を見送りながら、マスターは彼女に向き直る。
「これで良かったですか?」
「ええマスター、本当にありがとう。折角良いお店なのに最近変に絡んでくる男ばかり増えたでしょ。一度ああいう男の鼻をへし折ってみたかったのよ。スカッとしたわ」
でもこれで精巧な美人アンドロイドがいると噂になれば、また野暮な客が増えるのでは、とマスターは思ったが、どちらにせよバーの売上には繋がるなぁと黙って微笑んでいた。
数日後、Sは電車に揺られながら、携帯通信端末で新しい知識を仕入れていた。男の欲は一度へし折られたくらいでは再起不能にはならない。また別の娘を見つけるのみ。そして性懲りもなく、魅力的な女性に出会った時に披露(ペースト)する為の情報(ネタ)を必死に収集(コピー)するのだった。