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音フェチが見る攻殻機動隊 SAC_2045
トグサが原子力潜水艦でミズカネスズカと対決するシーンで、ミズカネスズカをオノで撲殺した直後、ほとんどの人が気づかないくらいの小さな音量で耳鳴りのようなノイズが7秒くらい流れます。これを聴いたときに私はびっくりしました。こんな緻密で芸術的な音使いがアニメーションにあるのかと。そもそも、果たしてこの音に気づける人が世の中にどれくらいいるのでしょうか。
このノイズは、停止した心電図のピーという音を模していると考えられます。医療ドラマでよくありますよね。心電図がピーという音と共に一直線になって、「御臨終です」みたいなやつです。「SAC _2045」のシリーズ1で、バトーがポストヒューマンのゲイリー ハーツにトドメを刺した直後、心電図による心肺停止状態の表現が使われています。これをオマージュして、トグサのシーンでも心電図に似た音を流しているのだと思います。バトーとトグサのポストヒューマンの倒し方が似ているので、何かしらの意図を感じます。
私は音フェチなのでドラマや映画も音から入ることがよくあります。仕事中に単純作業をしながら音だけでコンテンツ等を楽しむ事もよくあります。個人的には映像をあえて見ずに音だけを聴いていると、そのドラマがどういう意識で作られているのかがわかりやすく感じられます。
分かりやすいドラマや映画(岡田斗司夫が言うところのロードラマ)の音使いの特徴は、記号としての効果音を多用するところにあります。例えば交通量が多い道路のシーンではクラクションが鳴りまくったりします。東京の都市部を運転していても、クラクションが鳴りまくる事なんて滅多にない(ムンバイでもあるまいし)ですが、そういう音を使うことで雰囲気を出しています。
また人けのない静かな部屋のシーンでは、秒針のカチカチなる音や、水道から水がポタポタおちる音やシーンが入ります。よくありますよね。またハッカーが活躍するシーンでは、とにかくキーボードをカチャカチャする音が入ります。それだけならまだしも、酷い時はピーガガガというモデム回線みたいな音が入ったりまでします。どんなネット環境でハッキングしてんねん、て突っ込みたくなりますよね。
このように記号的に効果音を使うことにはちゃんと意義があります。ロードラマの視聴者は、初めから終わりまでかじりついて見る人はあまりいません。ながら視聴の人にもわかりやすく内容を伝えたい場合、こういう音を記号として使うことでシーンのイメージをわかりやすく表現できるし、視聴者を置いてきぼりにしない配慮なのです。
ロードラマを意図的に再現したコンテンツとして、友近とモグライダー芝が主演の例のYoutube動画があります。
昭和っぽい雰囲気の動画としてバズりましたが、ロードラマ考察としても面白くて、例えば何か重要な場面になると、シンセサイザーのピカピカンみたいな効果音が必ず入ります。ここに注目ですよ! と視聴者を誘導する為の記号です。意味が分からないサスペンスドラマなんて、すぐに見るのをやめてしまう人が多いからです。本来はこういった工夫も初めは誰かの発明で素晴らしいアイデアだったわけです。しかし、あまりに効果的な為にそれを多くの人が真似するようになり、その結果としてそれがロードラマの特徴となってしまいました。
意識高い系のドラマや映画ではこのような音使いはなるべく控えます。お決まりの表現をする事自体が芸術性を損ねるものですし、視聴者に無意識のうちに(何か安っぽいな)という印象をあたえてしまうからです。
「攻殻機動隊 SAC_2045」では記号的ではない、リアルな音使いがそこかしこに見られます。例えば建物の中では、空調が出すノイズが必ず入っています。稼働中の原子力潜水艦の中では様々な機械音が飛び交っていて、大きな機械の中にいる事を無意識に感じさせてくれます。タチコマが江崎グリコの部屋に侵入するシーンでは冷蔵庫の作動音もちゃんと入ってますし、江崎グリコの保証人に会いに行くシーンでは、その人の家の裏にある学校から漏れ聴こえる生徒と子供の話し声まで入っています。この人の家の裏手に学校があるなんて、物語の本筋には全く関係がないのですが、ものすごい作り込みです。
シリーズ1のエピソード1、草薙素子が初めて発する言葉が「ノイズがないって素晴らしいわ」です。このアニメで最初の一言という点と、この物語の性格からして普通に解釈すれば、この言葉は社会等から縛られない生活、公安9課をやめて自由な傭兵暮らし、のような暗喩と捉えてしまいますが、実際に機械音等のノイズがない環境を、草薙素子的にそのまま表現しているだけなのかもしれません(田舎って良いな〜的な)。このシーンのバックには、機械音と思われる音は一切入っていなくて、風の音と鳥の鳴き声がかすかに聴こえるだけなのです。
攻殻機動隊でも、記号的な音使いが無いわけではありません。例えば草薙素子や江崎プリンがネットにダイブするシーンでは、ブイーンという効果音が頻繁に使われています。ブラウザでネット検索しても効果音など出ないのと同じ様に、ネットにダイブするのにも音が出るわけないのですが、これはそもそもネットにダイブするという事が現代人には感覚として掴みにくいからであり、そういう音を使ってわかりやすくしているのです。ネットにダイブするのに仮想空間をキャラクターが飛んでいるような描き方をするのも同じです。今後世の中のSF映像作品にこのようなアイデアがたくさん使われていけば、この発明もいつかは記号となってしまうでしょう。