
「命は繋がっていると信じられるようになったのは…」
今日は息子の誕生日
すくすくと成長していく彼の姿に時間の流れを感じます
彼が生まれる一年と一日前に愛犬が旅立ちました
飼い主は僕でしたが側で暮らしたのは両親です
仕事で家を空けることがとても長かったこともあり、実家に預けました
休日に実家に帰り一日一緒に過ごしてまた両親に託す生活
当時、少しバランスを崩していた両親の仲が愛犬の存在でとても良好な関係へと変わっていきました
そして、自然な流れで愛犬は実家の子になりました
それでも、僕のことをずっと飼い主と思ってくれていたのです
実家を遠く離れて暮らす事になった後も、実家に帰る際は僕が最寄駅に到着した時刻頃から玄関で僕の帰宅を待ってくれる子でした
到着時刻は両親も把握していなかったのでいつも驚いていました
いつも僕が帰ることを待ってくれていた、とっても優しい子で家族思いの愛犬です
時は流れ、今から七年前のゴールデンウイークの頃、妻が体調を崩し入院する事になりました
実家に連絡をすると、時を同じくして愛犬が散歩中に急に動けなくなったというのです
獣医からは病状をみて安楽死も考えて欲しいと告げられた状態でした
両親と話し合い、僕は妻が退院してから実家に帰り会いに行く事にしたのです
もしかしたら間に合わないかもしれない…その覚悟もしました
2週間後に妻が無事退院することができました
実家に連絡すると愛犬もなんとか持ち堪えているくれていました
しかし翌朝、母からの着信に気づいて折り返すと
「今、息を引き取ったよ!」と告げられました
「ごめんね!ごめんね!ごめんね!」と泣きながら言いました
ずっと待っていてくれたのに会いに行けなかったことを…
でも…
やっぱり優しい子だと思うのです
妻が退院するまで待ってくれたのですから
しかし、両親にとっては孫のような存在でした
その後の落ちこみようは見るに耐えれなかったです
カウンセラーとしてできることは両親の話を聴くことだけでした
愛犬が旅立ってから数ヶ月が経った頃に妻のお腹に命が宿ったことがわかりました
その事がきっかけに両親も元気になってくれたのです
予定日は6月上旬、初参で高齢ということもあって遅れるだろうと言われていました
5月15日の愛犬の命日に母と電話で話しました
「もうすぐ孫が生まれるからね!あばあちゃんになるよ!元気でいてくれないと困るからね!」と伝えると
「あの子(愛犬)も空から見てるからメソメソしてたら笑われるよね!ばあちゃん頑張るよ!」と母は言ってくれました
その日の夜、0時を回った頃に妻が破水し、16日に息子が無事生まれてくれました
僕はシンクロニシティ(意味ある偶然)だと思っています
愛犬が息子を連れてきてくれたのだと勝手に思っています
今、思えばこの頃から自分の中心はなんなのだろう!?と考えるようになりました
何を大事にし、何のために生きていくことを自分は求めているのか?
自核を見つけるプロセスの際も、このストーリーがとても重要な鍵の一つでした
この出来事から見つけた人生のテーマは「命は繋がっているということを信じて生きてく自分でありたい!」です
皆さんは、大切なエピソードの中にある「人生のテーマ」を見つけていますか?
今まで生きてきた中で重要な出来事から「人生のテーマ」を見つけていくと、その先に「自核」が見つかります
生き方が明確になり、自分を愛する生き方が見つかりますよ!
今日も自分を愛してください!
ちなみに息子が一番最初の覚えた言葉は
「ワンワン」でした