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『破れたカルテ』

【カルテとの遭遇】


 記憶の隅に一枚の古びたカルテの残像が眠っている。

 床に放置されたままだったのだろうか、そのカルテはしわだらけの状態で、破れてもいた。風 記憶の隅に一枚の古びたカルテの残像が眠っている。

 床に放置されたままだったのだろうか、そのカルテはしわだらけの状態で、破れてもいた。風化したカルテには手書きで病名や既往歴、住所、連絡先が記されていた記憶がある。
         ***

【無神経な冒険】

 今から20年近くまえのこと。

 当時、高校生の僕はとある心霊スポットに友人と肝試しにいっていた。地元で有名な廃病院だ。現在は取り壊されてしまったが、所有者不明とのことから高校生当時で、廃院してからおそらく二十数年以上は経過していた。

 廃院した理由はさまざまだった。それも正確な裏づけのないものばかり。心霊スポットだから、ということで勝手に膨らんだ話もあるはずだ。

 院長が自殺した、経営難、患者に死者多出……と、廃院した理由は、誰かの脚色した噂となって真実味を失っていったのだと思う。伝言式に語られる噂は、回った数だけ脚色されたり、省略されたりするのかもしれない。当然、信ぴょう性はなくなってゆく。

 一つの不幸にありもしない噂を焚きつけるものだから、人間は無神経とも言えるのかもしれない。

 脱線した。

 廃病院はそこそこ大きいと思えた。記憶が確かなら、7〜8階まであった。各階も広々としていた。1階は外来のように映った。老朽した「受付」のプレートが置き去りになっていた。

 地下は霊安室と言われていた。

 ウソだと疑っていたが、地下に行くエレベーターや階段のドアは溶接されていて行けない状態だった。廃病院に眠る霊がいるとすれば悔いと恨みなく成仏してほしいものだ。

 とはいえ好奇心旺盛な高校時代。

 やりきれなかった魂などお構いなしに、僕たちは何度か廃病院に行き、どうにかして霊安室に忍び込もうとした。今振り返ると不謹慎極まりないのだが、死なれた患者の霊などお構いなしに、冒険してみようという好奇心が強かったのだ。

【つながらない電話】

 確か合計4〜5回のうち、2〜3回目のこと--。古びた1枚のカルテが床にあった。

 当時学生だったとはいえカルテに何が記載されるかくらいはわかっていた。病名、個人情報、治療計画など--個人情報のなかでも機密な病歴なども書かれていることくらいはわかっていた。

 デリカシーがない行為だが、機密情報だらけの、カルテを僕は拾い上げた。そこには名前をはじめ、電話番号や病名などが記載されていた。10年以上は放置されていたようなカルテだ。文字は識別しにくい。

 どうにか記憶をたぐりよせて、細部を思い出そうとしている。
 確か、病名は読めないほど乱筆なうえところどころ、虫に喰われて破れていた。なんの病気だかは不明。一方、名前は読めた。古風な名前で、大正〜昭和初期に生まれたのだろうと考えをめぐらした。

 はっきりと見えたのは名前だけでない--。電話番号も載っていた。「出たらどうしよう」と思いながら、無神経にもその番号にかけた。「プルルルル………おかけになった電話は現在……」と空しい応えがかえってきた。

 つながるのに出ない。なにかあるのだろうか?と想像を膨らました。今考えれば、電話番号は他の人が使っており、知らない番号に出ないようにしていただけかもしれない。

 ところが、当時の僕はバカなものだから、廃病院の一枚のカルテからかつての患者と連絡が取れる。そうすれば、廃院した理由が明らかになる、院長について聞ける。

 --つまり謎がとける。その期待感から電話をしたのだと、結論づけている。

 結局ガードが固く霊安室にはたどり着けなかった。心霊スポットとなった廃病院で僕が探し求めていたのは、霊安室の風景でなければ、幽霊でもない。そこにいた人の影を追い求めていたのかもしれない。

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