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『川と怪奇ダム』

「それは、強烈な鋭い感覚、直感だった」

(『火星のタイム・スリップ』 フィリップ・K・ディック)

【本題に入る前に】

 さきに断りたい--。

 僕は自分に霊感があると思っていないこと、それと、神秘的な現象などには懐疑的ということ。その上で、「霊的な力」を感じた、体験を綴りたい。

               ***

 中学1年生の梅雨ごろだっただろうか、林間学校で宿泊施設にバスで向かって泊まったのは。行く途中のバス内は活気に溢れ、同級生が色んな話題で盛り上がっている。自分もその輪の中に入ったり、途中で抜けたりした。マイペースに楽しい時間を楽しんでいたのを思い出す。

 ふとした瞬間の出来ごとだった。背筋が冷え、口を閉じたのは。

【一瞬】


 女性が橋から川へと飛び降りるところを見た--。

 正直、見たと言えるほどの確信はない。たまたま木の枝が揺れていて、それが人に見えただけなのかもしれないし、自分の錯覚なのかもしれない。人が飛び降りるだろうと、自分の考えたシナリオに沿って、風景をうまいように人に見立てた可能性だって大いにある。

 要は都合よく視覚を動かし、作り出した錯覚にほかならないとも言い切れるということ。

 ゾッとしたものの1時間くらい経ったころには「気のせいか」と、割り切っていた記憶がある。中学生くらいの思春期っていうのは、自分の都合で話を脚色することもあるのかもしれないと、ふと思えた。

 さて、と。

 宿泊先ではすっかりそのことなんて忘れていた。--女性が川へ飛び込んだなんて言おうものなら、同級生は疑いの目で僕を見るに決まっている。そう思えて、口にはしなかった。こじつけの可能性の方が高いわけだし。

 もう少しで夏と、時期も時期で同級生とは怖い話で盛り上がった。「怖い」って反応した娘が僕の手を握ったり、淡い恋の予感を楽しんでもいた。そんなワクワクだらけの林間学校は無事終わった。

 ただ、いまだに引きずっているのは女性が飛び降りる瞬間。

【怪奇ダム】


 実は宿泊先は地元で有名な心霊スポット(ダム)の近くだった。川の流れとダムがどう作用しあっているかは分かりかねる。一つ言えるのは、心霊ダムの水が川に流れていたとしても不思議ではないということ。女性が飛び降りたのかもしれない、と思った川も例外ではない。

 水脈となる心霊ダム--心霊現象が起こることで有名だ。理由として挙げられるのは、もともとあった住宅地の上にダムを無理やり埋め立てた。水の下には家が数軒残っているなどなど。住民の意向を無視しての建設だったから、中には埋め立て時に死んだ人たちがいるとも噂されていた。

 けれども、この説は信ぴょう性が乏しい(そもそも霊的な現象の裏付けは難しいのだが……)。住民の同意なしに強行突破で建設されようものなら、反対運動が起こっていてもなんら不思議ではないはずだ。だが、そのダムはそうしたロビー運動とは無縁だ。

 もう一つの理由は、そのダムが自殺名所だということ。橋から飛び降りれば確実に死ねるほどの高さがある。自殺した人たちの魂が成仏されずに、人を霊界に呼び寄せているのではないかとよく耳にした。

 心霊現象は別として、この筋の話なら合点がいく。

 最後に建設時に死亡した霊とダムに飛び降りた霊が、人を引き寄せているという噂もある。ダムに埋め立ての犠牲となった霊が漂っていて、鎮魂されぬままの霊が、自殺へと手引きをしている。自殺して成仏されなかった霊が人を招く、といった具合に、こちらは霊力が強い(あくまで推測の域を出ない)。

 長くなった。

 尾ひれがついて語られているにせよ、確かにそのダムは不気味だ。ましてや水と霊は相性がいいとかじりていどに耳にする。霊力を増幅させると言えばいいのだろうか。

【水と霊と】

 僕が川へ飛び降りた(と錯覚した)女性の話に戻る。

 さきに書いたように霊的な水がダムから川へと流れる。例の宿る水が川に行き渡る。

 今でも、飛び降りる姿が「本当」なのかは半信半疑。だとしても、僕が見たのは、その水に引き寄せられた女性の姿だったのかもしれないとも思っている。

 他にも「見たかもしれない」はある。だが、女性の飛び降りだけは「かもしれない」し「そうじゃないかもしれない」。この二つの「かもしれない」が衝突しあっている。

 錯覚だったとしても、水から霊的な力が働いてバスにいる僕を祟って、その結果僕が、女性が飛び降りる錯覚をした可能性が全くないとは、言い切れない。

 さきの解釈はこじつけにすぎないかもしれない。半面、理屈だけで説明できないことがあるとだけ添えて締めくくる。

               (了)

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