サイコパスバー「社会の扉」<ブラックルシアン>
■普段の仕事にも慣れ、中だるみしてくると、異業種で働く知人と自分との「仕事の質/デカさ」を比較してしまうことがある。 その時、自分を遥かに超えるヒトと比べてしまった場合、大半の人は自分のスケールの「小ささ」に打ちひしがれてしまうだろう。 また、この「比較対象者」が自分と肩を並べていた人間なら、尚更である。 筆者談
ハロウィンが終わり、月は替わって「11月」を迎えた。
外は冷たい風が吹いており、もう夕方17時を過ぎると「街灯」の明かりが点灯する季節となった。
今思えば「ハロウィンの夜」はそれは酷い有様だった。
店内で上半身裸になるお客や「アニメ」のコスプレをしてBarカウンターで「おもちゃの刀」を振り回すお客もいた。
何故あのような「奇天烈(キテレツ)」な恰好をして酒に溺れるのか。
そもそも我が「日本国」にはこのような「文化」はないのだ。
日本でいうハロウィンとは、現代の「若者」のストレス発散の行事「はけ口」となっており、何者かが「異色」の文化へと作り上げているのだ。
だがその反面、この日の店の売り上げは「過去最高」をたたき出してしまっていた。
はぁぁ・・・。
ジョウは複雑な思いを交え、深いため息をついた。
そしてその後「11月」を迎えた今。
店の売り上げは逆に赤字の連続、右肩下がりが続いていた。
今現在もお客はゼロ。
閑古鳥が鳴きに鳴きまくっていた。
10月末のハロウィンが終わり、次は12月の「クリスマスと忘年会」が飲食店の「書き入れ時」である。
その為、その間の「11月」はイベントお休み期間、中途半端な時期なのである。
このまま11月全て赤字が続いたらどうしよう・・・。
ジョウは飲食店経営がアマチュアに近く、先行きの予想ができないでいた。
ジョウは万が一に備え「3ヶ月間無利益」でも店を運営していけるだけの「資金」は確保できていた。
この「資金」はサラリーマン時代の「退職金」がほぼ締めている。
だが、この「資金」を使うということは「災害時」に「備蓄品」を使用することに等しい。
「絶対に使いたくない!」
ジョウは心の中でそう強く思い、何とかして赤字を食い止めようと構想を練っていたその時、1名の「女性客」が来店してきた。
ジョウ
「い、いらっしゃませ、こちらのカウンターへどうぞ。」
ジョウは何故か噛んでしまった。
女性客はジョウの言われるままにカウンターへ行き、コートを脱いで席についた。
そしてこの女性客は、ジョウの顔を数秒間見つめた後「カクテル」を注文した。
女性客
「ブラックルシアン。」
ジョウはこの時、この女性客は「只者ではない」と瞬時に感じとった。
推定身長は167㎝のやせ型、年齢は30代半ばか、それよりも若く見える。
とても綺麗な女性だ。
スーツを着ているので「営業職」か何かをしているのであろう。
「クール」な印象で、何処か肝が据わっている感じがした。
ジョウ
「ブラックルシアン、お待たせいたしました。」
女性客はコースターに置かれたグラスを手に取り「ブラックルシアン」を「ゴクリッ」と1口飲んだ。
そして一息ついた後に、この女性客がジョウに話し掛けてきた。
女性客
「マスター、お名前は?」
ジョウ
「ジョウといいます。」
ジョウは瞬時に答えた。
女性客
「ジョウさん?私はマナツといいます。」
女性客は「マナツさん」といった。
ジョウは少しいつもと違っていた。
何やら「鼓動」が早く感じる。
これは「緊張」というものだろうか?
その後、そんなジョウの緊張を知ってか知らずか「マナツさん」は自分の自己紹介をしてきた。
■マナツ自己紹介
・年齢は35歳
・海外の某大学を卒業
・独身
・某建設会社の社長
・親の跡を継いだ
・現役建築士
・この街のあるプロジェクトの責任者
・今日はその現場の視察帰り
話の内容を聞いてジョウはどこか納得した。
現在ジョウが経営しているBarから数キロ離れた所に「大型商業施設」が建設中で、この「マナツさん」はその大規模な「プロジェクト」の責任者だそうだ。
「女性」でありながら「建設/建築」といった男性主義的な世界で「トップ」として働いているのだから「只者ではない」オーラがあって当然である。
そんな責任や重圧と戦っている「キャリア」が、こんな猫に額のような場末のBarに来るなんてな・・・。
ジョウは少し「自分」が小さく感じてしまった。
このお客に比べて俺は・・・、という「劣等感」に近い感情が沸き上がった。
全ての根源は今月の売り上げの悪さと「先行きの不安」がジョウを「ナーバス」にさせていた。
マナツさん
「ジョウさんはBarの経営の方はどうなの?」「あと、おかわり下さい。」
マナツさんは2杯目もブラックルシアンできた。
ジョウ
「かしこまりました。」
ジョウは注文の返事をした後に「ブラックルシアン」を作りながら今の想いを語った。
■ジョウの語り
・売り上げが伸びない
・赤字が続いている
・自分は口下手
・カクテル作りには自信がある
・常連客が余りいない
そして
「自分の今の仕事がとても小さく感じています。」
そうとっさに心の声を漏らしてしまったのだった。
・・・・・。
ジョウ
「おまたせしました、ブラックルシアンです。」
マナツさんはジョウが置いた2杯目のブラックルシアンを手に取り「ゴクリッゴクリ」と2口飲み、ジョウの顔を見つめていた。
この後「マナツさん」は口数を減らし、ただただジョウの話を聞いていた。
それは第三者から観たら、どっちがマスターでどっちがお客なのか分からない様子に映っていた。
そして時間があっという間に過ぎていき、そろそろ閉店間近になってきた。
「マナツさん」は結局「ブラックルシアン」を計5杯も飲んでいたが、決して酔っておらず、クールな印象通りお酒が強い女性だった。
その様は男からみても「カッコいい」佇まいだった。
その後お会計の際に「マナツさん」はこうジョウに話し掛けた。
マナツさん
「隣の庭を気にするよりも、自分の庭と真剣に向き合った方が良いわよ。」
「マナツさん」はクールに、そして慈愛の心を込めてそうジョウに伝えた。
マナツさん
「ジョウさん、また現場の視察の帰りに飲みに来るわ。」「またね、さようなら。」
そう言って「マナツさん」はタクシーを呼び止めて去っていった。
「閉店後」
ジョウはだれも居ない店内で、ひとり今日の出来事を振り返っていた。
それは深く「反省」する点もあったが、その事よりも、様々な人生観を持った人達と出逢えるこの「Bar」のマスターという職業に、改めてやりがいと魅力を感じたのだった。
そして自分の中で「何か」を整理し、また明日から店の経営に精進すると決意したのだった。
これはきっと「マナツさん」と出逢わなければ「改心」しなかっただろう。
「誘惑」
「マナツさん」が5杯も飲んだブラックルシアンの「カクテル言葉」である。
ジョウは珍しく、そのカクテル言葉に「無関心」だった。
<ブラックルシアン>終