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サイコパスバー「社会の扉」<カシス・ソーダ>
■自信とは「自分を信じる」という意味。つまり自分を信じることのできる、裏付ける「何か」が必要となる。筆者談
ジョウの店は相変わらず「閑古鳥が鳴いている」状態が続いていた。
ジョウは、この状態を深く懸念し「お客」が何を求めているのかを考えてみた。
ジョウ
「そういえば、フードはこれだけですか?と良く聞かれるなぁ・・・。」
そう、このBar「社会の扉」には料理らしい料理はない。
「ミックスナッツ」と「ナチョス」と「フレンチフライ」。
この3つしかメニューに無いのだ。
確かに「お酒」をメインとする「Bar」なのだから、料理が乏しいのは仕方がないことだ。
ここはレストランではなく「Bar」なのだから。
しかし、せめて「パスタ」や「サンドウィッチ」程度の「軽食」をメニューにプラスさせるべきではないかと、ジョウは感じ始めていた。
ジョウ
「よし、フードの幅を少し広げて客単価を上げてみよう!」
ジョウはやる気を出していた。
閉店まであと1時間。
もう今夜はこれで終わりかな?と思っていた時に、1名の若い男が来店してきた。
男
「すいません、1名ですけどいいですか?」
男の容姿は長身のやせ型で20代そこそこに見えた。
ジョウ
「はい、かまいませんが何を飲まれますか?」
男
「では・・ビールをください。」
ジョウ
「かしこまりました。」
ジョウはつくづく「ビール」という物は本当に良く売れるなぁ、と思った。
それと同時に、せっかく「Bar」に来ているのだから「カクテル」も頼んでくれよ!という気持ちも込み上げていた。
ジョウ
「ビール、おまちどうさまでした。」
ジョウは男の右手近くにある「コースター」の上に、そっと優しく「グラス」を置いた。
男
「ありがとうございいます。」
男は「ビール」を一口だけ「ゴクリッ」と飲み「コースター」の上に置いた。
そして、カウンターの奥で「ビールサーバー」を拭いているジョウに話しかけてきた。
男
「あの・・いいですか?」「僕の話を聞いてもらっても」
ジョウは「ビールサーバー」を拭く手を「ピタリッ」と止めた。
ジョウ
「はい、私でよろしければ。」
ジョウは男の言葉に耳を傾けた。
そしてその男の話の内容はこうだった。
■男の話
・今年で大学を卒業するが内定が未だ採れない。
・今まで何かを成し遂げたことがない。
・運動神経もないし、彼女もいない。
・人に誇れるものが何もない。
・困難に立ち向かう根性もない。
・人生を語れる友もいない。
・もう消えて、無くなりたい。
そして最後に
「自分に自信がない。」
そう後ろ向きな言葉を発してきた。
現在の不況による「就職難」の煽りを受け、自暴自棄になっている様子だった。
男は「ビール」を飲んだ後、肩を落とし「ため息」をついていた。
ジョウはこの話を正面から「咀嚼」し、肩を落としている男に対しこう答えた。
ジョウ
「あなたの気持ちは私には分からない。」「確かに現代の大学生の就職活動は大変だと聞くが、あなたの場合はどうなのかな。」「自信がないから内定が採れないのか、内定が採れないから自信がないのか、どっちだろう。」
更に
ジョウ
「あなたは自分に自信がないというが、私はそうは思わない。」「中学、高校、大学とあなたはステップアップした。」「これらは試験というものに合格しなければならないだろう?」「つまりあなたは大なり小なり着実に成功して今ここにいる。」「小さな成功を1つ1つ思い出してみればいい。」「例えば妹が開けられなかったジャムの蓋を簡単に開けられた、とか。」「リレーのバトンを1度も落としたことが無い、だとか。」「色々あるでしょ。」「それらの微細な成功を積み重ね1つにしてみたらどうですか?」「今よりも自分に自信がつくと思いますよ。」「まぁ、俺は裏口入学で合格しただとか、妹がいないだとか、ごはん派だとか、リレーに出たことがないだとかの現実的な話はこの場では不毛だがね。」
男はジョウの話を聞き、最初は「突き放された」ような感覚に陥ったが「妹が開けられなかったジャムの蓋」という例え話に深く「共感」を受けた。
男
「僕には中学生の妹がいます・・・。」
男はそう言って何かを思い出し、胸を張り何か「改心」したようなそんな「覇気」のある表情に変わっていった。
男
「ありがとうございます。」「マスターのおかげで明日から頑張れそうです。」
男はまるで「教会の神父」でも見るような眼差しをジョウに向けていた。
ジョウ
「それは良かったです。」
ポーカーフェイスな表情でジョウは答えた。
男は自分自身に「決意表明」でも送っているのか、ブツブツと呟き、残っている「ビール」を一気に飲み干した。
男
「マスター、僕カクテルのことよく分からないんですが、何かお勧めを作って貰えますか?」
ジョウ
「かしこまりました。」
ジョウは男が「大学生」という若さを考慮し「甘く赤い液体」に「ソーダ水」を割り始めた。
それ以外、特に何も考えずこの「飲み物」をチョイスした。
だがその気持ちとは裏腹に、その真紅に染まった「飲み物」は、この若者の今後を激励するかのような、そんな佇まいを見せていた。
ジョウ
「お待たせ致しました、カシス・ソーダです。」
カウンターに置かれたその飲み物が、男の顔を赤く照らす。
男
「この飲み物のカクテル言葉ってあるんですか?」
男が聞いた。
どうやら「意中の彼女」が出来たら使ってみたいそうだ。
ジョウ
「はい、カシス・ソーダのカクテル言葉は・・・。」
「貴方は魅力的」です!
<カシス・ソーダ>終