幻夢京鬼譚 百鬼夜行3
絵を描きはじめて数刻が過ぎ
太陽が西に傾きはじめた
くれてゆく日差しに
絵所司はかたりと筆を置く
そろそろお暇致しましょう
絵師司が口にすると
主人は少し慌てたようすで引き留めにかかる
素晴らしい絵をありがとうございました
さぞお疲れのことでしょう
少し拙宅にてお休みになられてくだされ
後程家の者に送らせましょう
あからさまな誘い文句に苦笑しつつ
断りの口上を並べると
屋敷の主はさらに言い募る
今からお帰りであれば黄昏時に掛かります
最近妙な噂も後をたちませぬし
今夜はうちで休まれまして
明朝あけてお帰りなさりませ
絵師は
妙な噂、との言葉にぴくりと眉を上げる
妙な噂とは?
聞き返すと
口を滑らせたことに気がついたか
主はぐっと黙りこむ
そして絵師たちはもとより
自らの家人たちまでも
静かに聞き耳をたてているのを見て
諦めたようにひとつ嘆息すると
たわいもない世迷い事です
お引き留めしてすまなかった
車を準備いたしますので
少しお待ちいただきたい
早口で言い、ぺこりと頭を下げると
従者に何事か言いつけながら
そそくさとその場を後にした
突如引き下がるのを不審に思いつつ
その後ろ姿をにこやかに見送ると
絵所司は再び指示を出す
宇佐
白兎はおるか
夜までこの館から目を離さぬよう伝えよ
宇佐は耳をひくりと動かすと
御意
小さく答えると
唇に細い笛を押し当て
短く強く吹く
その笛の音は人間には聞こえないが
彼の使う式神白兎はそれを聞き分ける
宇佐が耳をそばだて
そしてひとつ頷いたのを見て
司も頷き返すと大きく息をつき
それではお暇するとしよう
改めての指示に
付き従う者たちも一斉に立ち上がると
てきぱきと絵筆や紙を片付けはじめた