#3-2 北海道名寄市あったかICT物語【シーズン3(運用編)】
エピソード2「訪問歯科がある安心感と連携のこれから」
シーズン3では、2021年7月の本格導入から1年が経った名寄市医療介護連携ICTの運用状況について、引き続き、ICTを活用している専門職の目線で追っていきたいと思います。
エピソード2では、名寄で先がけて訪問歯科を行ってきた医療法人臨生会名寄歯科医院の室田弘二院長と認定歯科衛生士の馬場めぐみさんにお話を伺います。
―大曽根(地域包括ケア研究所)
今日は訪問歯科としてどのように地域の中で「連携」というものをとらえてきたのか、そのあたりもお聞きしていきたいなと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
―室田院長・馬場
よろしくお願いします。
★訪問歯科との出会い
―大曽根
まず簡単にキャリアのハイライトをお聞かせいただけますか?
―室田院長
私は名寄出身で福島県にある奥羽大学を卒業後、札幌医科大学の口腔外科学講座で2年間、研究生としてお世話になり、1996年から名寄に戻ってきました。
名寄に戻ってきたころは吉田病院や吉田歯科分院の勤務で、1999年に名寄歯科の院長に就任いたしました。
―大曽根
なるほど、そうだったのですね。
勉強不足で恐縮ですが、訪問歯科というのは1990年半ば当時はどのような感じだったのですか?
―室田院長
札幌医大にいた時も、他の診療科の病棟から依頼され、指導してくださる先輩についておこなっていましたし、吉田病院や名寄歯科は私が来る前から歯科訪問診療をおこなっていました。
なので私が院長になってからも引き続き老人保健施設や療養型病院などに訪問していた感じです。
私自身からしてみると最初からやっていたことなので、どうなんでしょう?
自然なことだったように感じています。
必要としてくれる方がいらっしゃって、今でもほぼ毎日のように訪問してますからね。
―大曽根
なるほど。
一般の市民としては歯科が訪問してくれるというのは馴染みない方も多い気がします。
―室田院長
そうですね、たしかに今でもそう言われますね。
―大曽根
訪問歯科のことなどもこの後お聞きしていきたいと思いますが、馬場さんからもここまでのハイライト教えていただいてもよろしいですか?
―馬場
私も先生と同じく名寄出身です。
私は、今は無き名寄恵陵高校の普通科を卒業して、最初は吉田病院に医療事務として就職し、配属先が吉田歯科分院の歯科の受付でした。
そこで5年間歯科の受付として医療事務をしていましたが、歯科衛生士さんってなんだか面白そうだなって思って、思い切って仕事を辞めました(笑)。
―大曽根
一回ご退職されてるんですね。
―馬場
はい。23歳の時に旭川の専門学校に入ったんです。
そして、歯科衛生士として吉田病院に再就職しました。
ある時、寺尾先生から「あなたも室田先生と一緒に往診に出てみない?」とお話があり、私は吉田歯科分院に所属しながら訪問日だけ一緒に回りはじめたんです。
―大曽根
なるほど、そうだったのですね。
寺尾院長は、訪問診療に対しての強い想いなどあったように感じますが、いかがでしょうか。
―馬場
そうですよね、先見の明があったのだと思います。
★訪問歯科の大変さとやりがい
―大曽根
訪問歯科をしていない歯科医院さんもまだまだ多いかと思いますが、そういう意味でも、訪問する大変さとともにやりがい・意義のような両面があるのではないかなと思うのですが。
―馬場
若い時は、やりがいとかそういうのを感じることもできず、こんなことを言っては良くないかもしれませんが、大変だという気持ちがほとんでした。
往診に行く器材の準備も大変で(汗)。
やはり比較すると診療所に来てくださる患者さんを診ている方が、設備や道具が揃っている分やりやすいです。
訪問での歯科診療って、忘れ物したらアウトですからね。
だからいろいろ考え、想定したうえで使用しないかもしれない道具も用意しなければいけなかった。
今でこそ経験を積んだことで考えられるんですけど、その当時はまだ若くて頭が回らなかったんです。
―大曽根
となるとかなり負担感があったんですね。
―馬場
はい。
訪問先で「~~ちょうだい」って先生に言われて、「すみません…」ってなったら怒られますからね(苦笑)。
―大曽根
そういう状況から心理的に変わっていったのはどういう流れだったのですか?
―馬場
いろいろな経緯があったのですが、ひとつひとつ積みあげて経験値が上がって予測っできるようになったことが大きかったと思います。
ご高齢の方が患者さんで多いので、自分が歳を重ね、会話などで合うことが増えたのもあるかもしれません。
「どんな歌好きだったの?」とか聞いたりすると、「~~昔よく歌ってたわー」「あーっ!それ知ってるー!」とか(笑)
―大曽根
自分の年を重ねるのをいい意味で武器に(笑)
―馬場
そうです、いい意味で武器に。
今も、訪問診療は大変ですけど、大変さの度合いが変わってきました。
―室田院長
あとはそうですね、歯科医院に患者さんが来てくださるのと、訪問診療で伺うのと患者さん側も違うことがあります。
こちらのホームグラウンドである歯科医院に来られる患者さんからすると、歯科医の言う事を聞かなければならないというような心理に傾くんだと思いますが、お宅に訪問した場合は、患者さんも想いをあまり我慢せずに言える印象です。
―大曽根
なるほど、患者さんにとっては緊張感が少ないという良い部分と仕事上では大変な部分と両方ありそうですね。
―馬場
そうですね。
ずーっと伺っているお宅の患者さんはリラックスして、特に独居の方ですと、歯のことやお口のことよりも「いやいや妹がね」とか、プライベートのお話を聞いて帰ってくるという感覚に近い時もあります。
―大曽根
お喋りされたい方もいらっしゃいますものね。
「喋る」ってことは舌の筋肉や嚥下にも影響があるので、お話のお相手しながら、この方の喋り方はどうかを確認するなどありそうですね。
―馬場
おっしゃる通りです。
★訪問歯科の役割を知ってもらう地道な啓もう活動
―室田院長
それを動画でICTにアップすると、「こんなの初めて見た」という声を他職種の方々からいただくので、これは有効なことなのだと、逆に教えてもらいました。
―大曽根
他の連携先のメンバーに、動画などで訪問歯科の様子を知ってもらうというのは意味があることなのですね。
―室田院長
意味があると信じて投稿するようにしています。
―大曽根
なるほど。
在宅における口腔ケアの啓蒙的な意味合いも大きそうですね。
―馬場
はい。そして、ケアマネジャーさんの存在と役割は大きいと感じています。シーズン2でインタビュー受けられてたケアマネジャーの江口さんや井上さんから、患者さんをよくご紹介していただきます。
私たちからは、「訪問診療へ行きたい」、「私たちが役に立つのであれば困ってる人を助けたい」と思っていても、なかなか誰がどこで困ってるのかがわからないんですよ。
一般的に在宅などにおける歯科の優先順位がまだ低い部分があるのかもしれませんが、紹介してくださるのは本当に大きいです。
―大曽根
なるほどですね。
江口さんの問題意識のなかに歯科があるんですかね。
―室田院長
江口さんは歯科について、以前から必要なことだって言ってくださっていました。
江口さんがお宅を訪問した時に、ちょっと口臭が気になって、何かあるんじゃないかってことで、我々につないでくださったケースがありました。
ご本人は痛くもないし困ってもいないけど、「診てもらった方が良いよ!」とケアマネさんが説明してくれて紹介していただけると、早期の診療に入れて良いですね。
―大曽根
いろんな人がキーパーソンになり得るのかもしれないですけど、ケアマネさんは結構大きな存在ですかね?
―馬場
私の中ではすごく大きいです。
―室田院長
かなり大きいですね。
―大曽根
なるほど。
ケアマネジャーさんや他の職種の方々に訪問歯科のことを知ってもらう動きとして、今回のICT以外にやってこられたことってあるんですか?
―室田院長
以前やっていたケアカフェには、出席するようにしていました。
でも、他の職種の皆さんと交流し、お話する機会が多くなってくると、それぞれが大変なんだなあということがわかってきて、逆に、施設や病院の職員の方々へ「もっとこのように歯磨きしてください」なんて、だんだん言えなくなっちゃったんです(苦笑)。
―大曽根
そんなジレンマもあったんですね。
―室田院長
はい。
どこも人手不足ということもあり、お口の中に関しては我々が伺いますから、患者さんにとっても、スタッフのみなさんにとっても、みんなが楽になればいいかなって思えるようになりました。
―大曽根
なるほど。
本当に啓蒙的なことをひとつひとつやってきた動きがあってのことですね。以前とは変わってきた感覚はありますか?
―室田院長
最近は「多職種連携」ということで、いろいろな会議に声をかけていただくことが増えた感じがします。
あと、名寄市立総合病院は急性期病院っていう役割があると思うんです。
いざという時の最後の砦みたいな。
その「いざという時」以外の日常を多職種みんなで支えていて、歯科は在宅でも施設でも病院でも訪問できるんですよね。
別の病院へ入院したり退院したり、自宅に戻ったり施設で暮らすことになったり・・・。
患者さんを中心にっていうか、ずーっとどこでまでも繋がっていける。
そういった意味ではひとつのHubとして、みんなが便利で都合よく我々のことを使ってくれるとありがたいなと感じています。
★ちょっとしたサインに気づいて知らせていただくところから
―大曽根
なるほどですね。
その中で、どのようなことに難しさがあったりするのですか?
―室田院長
入れ歯を作ることで笑顔になったり食事がとれて元気になるというイメージがあるかもしれませんが、もちろんそういうケースもあるものの、実際には入れ歯を作ったからといって食べれるようになるのは難しい場合がほとんどです。
患者さんのライフステージっていうんですかね?
その時々で適切な処置が出来るようにしていく「心がけ」の重要性を説明していますが、「入れ歯さえあれば食べられる」と思い込んでいる方々が多いのが現状です。
もちろん私の技術が未熟だと言われればそれまでなんですが(苦笑)
―大曽根
誤解されている部分もあるのですね。
となると、やはり何か気になることがあったら早めに気軽に早めに声かけてね、となりますね。
―室田院長
はい、一度ご一緒に連携してお仕事させてもらうと、次からは早めに呼んでくれることが自然な流れになっていると感じます。
そうそう、先日ある介護職の方が、入れ歯が食い込んで取れなくなって困っている様子を、わざわざと手紙に書いてくださいました。
―大曽根それはどういう事ですか?
―馬場
あれはびっくりしたというか感動しました。
デイサービスに通われている方の入れ歯が食い込んで外れなくなってしまったようで、手紙で相談がきたんです。
―大曽根
凄いですね。
ちょっとした違和感のサインに気づいて、気軽に相談してくれた。
―室田院長
本人からの訴えは何もなかったんですけど介護職の人が見つける。
入れ歯だけでなく、食べる量が減ったとか、一人ひとりの気づきがあって、すばらしい連携につながっていくのを感じています。
―馬場
一番分かりやすい観察の視点として、お口の臭いや、会話中にふと口元見た時の歯茎が真っ赤っかな様子とかがあるかと思います。
マスクでわかりにくいですが・・・。
―室田院長
相談していただいて、それでもし診察して何も問題がなかったとしても、「良かったね」と、みんなが安心できるとお互い良いのではないかと感じます。
―大曽根
口腔ケアってどんなことだろう、とか訪問歯科医とどう繋ごうか、と難しく考えちゃうかもしれないけど、そんな事全然ないよって事ですね。
―馬場
はい、全然ないんです(笑)。
―室田院長
ケアマネジャーの江口さんは「痛いところがなくても、一回お口の中を診てもらった方がイイよ!」って声をかけてくださっています。
「診てもらって何もなかったら安心するしね!」と。
―馬場
でも、口の中を一回歯科の先生に診てもらうようなそういうシステムというのは無いじゃないですかね。
―室田院長
介護認定の調査でも聞き取りがほとんどですし、お口の状態のチェックなどがもう少し客観的に把握できる形であれば良いなと感じることも確かにあります。
すり抜けてしまっているリスクが実際にけっこうあるように思います。
―大曽根
たしかにですね。
かなり痛くなったり、いよいよおかしい、とならないと受診しないのでは手遅れですものね。
―馬場
はい、歯周病は痛くない病気の代表選手です。
痛くないから大丈夫じゃないんですよね。
―大曽根
たしかに。
そして、口臭ってのは最初の兆候ですかね。
―馬場
はい、だれにとっても分かりやすいサインですね。
★最後まで自分の口から食べれるお手伝いがしたい
―大曽根
このように初期の相談が増えた先にある名寄の地域の未来ってどんな状態なのでしょうかね?
―馬場
私はこの先何年仕事できるか分からないですけど、名寄出身で名寄で働いてきたこともあって、地域の方々が最後まで自分のお口から食べれるお手伝いがしたいって、ここ何年かずっと思っているんです。
ここまで話してきたように、歯がぐらぐらで痛い、という訴えがあってからでは、もう抜かないとダメだねということになってしまう。
そこまでいっていない方が歯医者に来れるうちに来てもらって、お口を整えて痛くない状態を維持していきましょうねって。
今、名寄歯科医院に通院している患者さんは、定期的に受診されてる方がほとんどですが、もし来院してのメンテナンスが難しくなっても、お宅に伺ってお口のケアするから安心してくださいって伝えています。
そうそう、口腔機能の低下、食べたり飲みこんだりする機能の低下というのは、入れ歯が有る無しに関係が無くて、お口の体操がけっこう大事です。
若い時みたいに元に戻る訳ではないですけど、今困ってないレベルでこのまま維持できればイイよねって。
でも実際には、みなさん困ってないから、お口の体操してくださいって伝えてもなかなか難しいんですよ。
―大曽根
大事なことですね。
ちなみに、訪問診療の時に、介護されてる息子さんやご家族の方が自分がこうならないように気をつけなきゃなみたいなことってあるんですか?
―室田院長
ありますね。
例えば、訪問先のご家族さんがお亡くなりになった後に、時間ができたから「私、通うわ」って来てくださる方もいらっしゃいます。
ご家族からすれば敷居の高い歯医者に行くのではなくて、診療の様子を実際に見て、この人だったら良いかなって思ってきてくださるんでしょうかね。知り合いの歯医者に行くみたいな。
―大曽根
訪問でお宅に伺うことは間接的に敷居を下げていることに繋がっているのかもしれませんね。
―馬場
たしかに思い起こすと結構いらっしゃいますね。そういう方はわざわざ遠くからもいらしてくれます。
歯科医院あんまり好んでくる場所じゃないので、緊張するしどんな先生だろうとかどんなスタッフなんだろうとか。
★様々な診療科と歯科の連携の重要性
―大曽根
室田先生は、連携の中で早い相談が増えた先にある未来についていかがでしょうか?
―室田院長
歯に携わることを生業としているので、やはり名寄市民や地域の方々に、ご自身の歯を大事にしてもらいたいなと思っています。
歯の価値をきちんと大切に心掛けると、ご自身の健康に繋がるんです。
きちんと歯磨きしたからと言って、病気にならないという訳ではなく、自分の歯で美味しく食べられるということ、そのものが健康的であると思うんです。
ですから「痛くなくても歯医者に行って、通えるうちにお口の中整えましょう」って伝えています。
患者さん自身もだんだん年齢を重ねていき、徐々に口腔機能の働きが低下してきますが、その状況を理解してもらいながら一緒に取り組んでいくような診療スタイルを大切にしています。
―大曽根
お話をお聞きしながら、自分自身の歯のことをいろいろ考えました。
歯のことを考えるきっかけ大事ですね。
最後になにか、ICTに限らず広く連携のことでお伝えしておきたいことなどありますか?
―室田院長
今、名寄市立総合病院では循環器内科の先生方が中心となって、とても熱心にICTに取り組んでいただいてると思います。
他にも色々な病気に対する専門のドクターが大勢いらっしゃいますから、これから地域と連携する基盤が整えば、他の診療科の方々も取り組みやすくなり、益々活発になると考えています。
歯科の立場からすると糖尿病と関連があると言われていますし、脳梗塞から回復する段階で入れ歯が合わなくなっている場面が多い印象です。
例えば、骨粗しょう症などの薬を使っていたりすると、顎骨壊死になるリスクがあったりするんです。
お口の中の写真とか見ていただいても大丈夫ですか?
―大曽根
はい、大丈夫です。
―室田院長
この方は、癌の治療のために骨粗しょう症のお薬を使いながら放射線治療をしていましたが、歯グキの穴から骨が露出しちゃったり、アゴの皮膚から膿が出て穴が開いたままになってしまいました。
―大曽根
こわいですね。
―室田院長
歯を支える骨が少なくなってしまい、歯もどんどん抜けていく。
この方は認知症ではなく、ずっと痛い痛いと訴えがありました。しかし、お身体の状態を考慮すると、残念ながらほとんどしてあげられることはありませんでした。
歯科訪問診療に携わっていますと人生の終盤にかかわることが多く、みなさんお薬など何かしらの治療を受けている方々がほとんどです。
地域連携室や循環器内科の先生方の他にも、癌の治療であったり、整形外科や糖尿病、脳神経外科のドクターや看護師さんたち、言語聴覚士や管理栄養士のみなさんの他にも、理学療法士、作業療法士さんなど上げたらキリがないほど専門家の方々が大勢いらっしゃいます。
そんな皆さんと地域の方々のためにもっと連携を深め、いろいろ取り組めたらと思います。
―大曽根
大事なことですね。
歯科への早期相談、連携の重要性を改めて感じる時間となりました。
室田院長、馬場さん、本日はありがとうございました。
―室田院長・馬場
こちらこそ、ありがとうございました。
※内容はインタビュー実施時点(2022年8月15日)のものになります。
★★名寄市あったかICT物語の構成★★
【シーズン1(導入前夜編)】
【シーズン2(導入編)】
· エピソード6:「医師としての紆余曲折の全てが今につながる」
【シーズン3(運用編)】
· エピソード4「前編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」
· エピソード5「中編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」
· エピソード6「後編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」