#4-1 北海道名寄市あったかICT物語【シーズン4(運用編②_医療機関編)】
エピソード1「道具の使い方と生身の情報~風連国保診療所」
執筆・インタビューを担当するのは・・・
こんにちは!
「名寄市医療介護連携ICT導入・運用アドバイザー」の大曽根 衛(地域包括ケア研究所)です。
最初のエピソード1では、名寄市風連国民健康保険診療所 所長の松田好人先生と看護科長の武田聖子さんにお話を伺います。
―大曽根 衛(一般社団法人地域包括ケア研究所)
松田先生、武田さん、こんにちは。今日はよろしくお願いいたします。
―松田好人先生・武田さん
はい、よろしくお願いいたします。
―大曽根
名寄市風連国民保健診療所(以下「風連国保診療所」)がある風連地区は名寄市の南端に位置し、市内中心部から車で15分ほどの距離にあります。旧風連町は2006年に名寄市と合併し名寄市風連町となりました。
風連地区は、水稲(もち米)を主体に野菜類など田園風景が美しい地域でもあり、診療所は風連駅の近くにあります。
所長の松田先生は、第一回日本医師会赤ひげ大賞の受賞者でもあり、強化型在宅療養支援診療所の指定を受け、多職種と連携しながら地域の医療や暮らしを支えています。
2021年から導入された医療介護連携ICTについては、主に武田さんを始めスタッフが中心に活用し、必要なところを松田先生に共有するという使い方とお聞きしております。
最初にスタッフさんの現場でのお話を中心にお聞きしながら、松田先生のご視点なども合わせてお聞きしていけたら思っておりますので、よろしくお願いいたします。
まず武田さんは、どのようなキャリアからこちらの診療所にご縁になったのか、教えていただいてもよろしいでしょうか。
★在宅医療の世界に飛び込んでみたい
―武田さん
はい。
私は、天塩町出身で、最初は准看護師になるために2年間学校に通い、その後3年間札幌の専門学校で学んでから看護師になりました。
そこから名寄に戻ってきて、最初の就職先が名寄市立総合病院でした。
結婚や出産を経て、いくつかの場所に転職したのですが、早い段階から訪問看護に興味を持っていたんです。
この間、なかなか訪問看護をやることはできなかったのですが、風連国保診療所に「赤ひげ先生(第一回日本医師会赤ひげ大賞受賞)」がいらっしゃるという噂を聞きました。
その時、訪問看護ということだけでなく在宅医療という世界に飛び込めると目の前の景色が広がった感覚があり、就職を決めました。
―大曽根
訪問看護にご関心を持ったのはどういうところだったのですか?
―武田さん
そうですね、名寄市立総合病院にいた頃から興味は芽生え始めてはいました。
当時、指導が必要な患者さんなどは、退院後も支援やケアが必要な方の繋ぎ役として関係を持って、おうちでも続けていけるようにサポートする役割があるんだというのを知りました。
―大曽根
そうだったのですね。
実際に在宅の現場に行かれてみていかがでしたか?
―武田さん
最初、先輩の看護師さんから、お一人暮らしのALS の患者さんのリハビリで、家に一緒に行こうと声かけてもらいました。
すごく新鮮な気持ちで、こういう方でもいろいろな支援を組み合わせれば、おうちにいらっしゃれるんだなと感じました。
―松田先生
ほんのちょっとしか動かせないけど、家にいることができた、けっこう特別なケースだったけど、いろいろなサービスなどを組み合わせたりすることで見守る体制をしっかりつくっていたよね。
―大曽根
最初から、とても印象に残るケースだったのですね。
―武田さん
はい。
在宅医療に熱心にやっていることが当時、名寄では珍しいことでもあったので、松田先生を支えてる看護師さんたちはどういう動きをしているのかも関心があり、実際に働いてみてひとつひとつが新鮮な学びでした。
★ICTがもたらした効果
―大曽根
そうだったのですね。
地域との連携というのも大切にされてきてるという印象がありますが、ICTが入る前と入った後での変化などはいかがですか?
―武田さん
そうですね、やっぱり電話の回数が減りましたね。
受けるのも確実に減りましたし、逆に伝えることもICTのTeam(グループチャット機能)を通して、比較的急ぎでないことであれば伝えやすくなりました。
周りの方に、電話をしてまではなくてもよい内容などが伝えやすくなったことは大きいと思います。
たとえば、終末期の方を受け入れる時も、名寄市立総合病院の患者総合支援センターからいろいろと情報をいただくのですが、タイムリーにやり取りしていきたいというということもあり、その都度電話をいただく形だったのですが、どうしても電話のたびに他の業務などに支障が出てしまうことが多くなってしまうんですね。
今ではTeamに入れておくのでそちらで詳細確認してください、と伝え合うだけでよくなったことは大きいです。
―大曽根
なるほど、たしかに終末期の患者さんにとってはタイムリーなやりとりが大切ですものね。
他にはいかがでしょうか?
―武田さん
そうですね。
患者さんのより細かい情報がいただけるようになって、大変助かっています。
例えば、在宅で訪問している患者さんで、デイサービスの職員の方から最近足の浮腫がかなり目立ってきてますと情報を写真や体重なども合わせてアップしてくださったんです。
それによって私たちもすぐに状況が分かり、お薬の調整など対応できたことで、ひどくなることが事前に防げたといったことがありました。
―大曽根
ありがとうございます。
業務の中では実際にどのようなタイミングでICTを見たり入力したりしているのですか?
―武田さん
そうですね、外来の空いたタイミングや、お昼、そして夕方に見るようにしています。
だいぶ習慣になってきました。
―大曽根
慣れるまでは時間かかった感じですか?
―武田さん
はい、初期は、なかなか見ようとするまで時間かかってました。
でも、松田先生も「せっかく作ったものだから、やろう」っておっしゃってくださっていたので、「こんな情報Teamに載っているよ」などと意識的に伝えるようにしました。
実際には、先生が見てくれているのが分かると、けっこうみんな気にするんですよね(笑)。
それに引っ張られたところもあったと思います。
3,4か月くらいで慣れていった感じでしょうか。
今となってはICTがなかった時代は想像できなくなりました。
たとえば、在宅から名寄市立総合病院に入院する方がいたら、ID-LINK(医療情報データベース)で入院中の状態などを確認できたりするので、少し大変そうな時期なんだな、少し良くなってきたかな、そろそろ帰ってこられるかな等、常に患者さんと繋がっていられる感じがあります。
以前でしたら、入院したらそれっきりに近い感じだったように思いますね。
―大曽根
ありがとうございます。
業務の中ではICTの情報を先生とどのような形で活用・共有などされているのですか?
―武田さん
画像などが投稿されたら「先生ちょっと見てください」と確認していただき、指示をもらったりします。
★ICTでは分からないことを自分の目で確かめる姿勢
―松田先生
そうですね、基本的な姿勢として自分の目で見に行くことを一番に置いています。
もちろん便利なものであるということを前提にあります。
が、ICT上で見えるからといってその情報だけで判断してしまうと、その他に大事なことを見落としてしまうリスクもあったりしますので、逆に意図的に行くように心がけています。
伝えられた情報も自分の目で見て感じるというのは、自分が外科医のバックグラウンドであるからかもしれません。
便利な道具であるが、ひとつの見方を投稿してくれていて、それだけを鵜呑みにし過ぎたりすることがないように心掛けています。
すごく便利で、楽になって嬉しいと思うんですけど、どうしても自分の目で見る、その場に行って患者さんから感じることを大切にする性分なんです。
―大曽根
ICTからの情報はしっかり受け取りつつ、先生ご自身の判断として実際に患者さんのところに行くということですね。すごい。。
―松田先生
その場で判断していったら楽なんですけどね(笑)
でも便利だからこそのところ大事なんです。
★在宅には正解がひとつでないからこそ、いろいろ動いてみる
―大曽根
いやあ、すごい大事な視点ですね。少しお話変わりますが、名寄における多職種での連携や地域の特徴っていかがでしょうか?
―武田さん
そうですね、とてもあたたかくて優秀なケアマネジャーさんたちが多くいて、がんばっていらっしゃる地域だと感じます。
そして、昔から積み上げてこられた連携の素地のようなものがあるようにも思います。
連携の素地のようなものがあることで、顔見知りであったり、相談や確認しやすいという関係性があるかなと感じます。
―松田先生
お互い顔は知っていることに加え、経験値や技量なども分かることもあるかと思います。
この方がこう言っているということは本当に危ないんだな、などそういったサインも大切にしています。
付き合いが長いからこそですね。
私がカンファレンスの場で大切にしているのは、自身の発言です。
余計なことを言ってしまうよりも、みんながそれぞれ思っていることをどんどんやってみる方がよくて、その動きの中で何かが良い結果につながることがあったりしたらいいじゃないですか。あ、それが正解だったんだ、っていろいろ動いてみて分かる方が価値があるんです。
在宅は正解がひとつでないんです。
患者さんの本当に進みたい方向性に合致したことを見つける人が出てくるんじゃないかと信じていて、だからこそ僕はあまりカンファレンスとか考え方ややり方を統一しようとし過ぎないように心がけています。
その人が本当にどう考えているのかは誰もわからないわけで、だからこそ、こういう人だよねっていう刷り込みをしたくないし、されたくもないと思うんです。
自分の関わりは、なるべく統一しすぎてしまう影響を与えないことで、みんなの動きを大切にしていますが、さまざまな情報を拾って共有してくれたり、私の動きを時に止めてくれる看護師さんが身近にいるというのは本当にありがたいことです。
―大曽根
なるほどですね。それは本当に大事なことですね。
武田さん、そのあたりいかがですか?
―武田さん
確かに、先生のところに全部情報がそのまま流れていったらその情報だけで押しつぶされてしまうだろうなと思うので、ある程度の情報整理が必要だと感じます。
その中で、「これはやっぱり先生に聞いた方がいいよね」というのを看護師の中で相談し合ったり、他職種の方に「これを確認してほしいんです」と相談してみたりするようにしています。
こうした相談などにみなさんすぐに反応、対応してくださるんで素晴らしいなと感じています。
―松田先生
やはり週に1回訪問した際に大事な話はこちらからもちろんしますが、その時に患者さんが本音を話してくれる可能性よりも、1時間一緒に居て体を拭いてくれたりサポートしてくれる方に心を許していくので、そういう中で本心がポロっと出てくる可能性の方が高いんですよね。
だからこそ、自分の正しいと思ったことも押し付けないように気をつけています。
★想いや願いに寄り添う先にある私たちの励み
―大曽根
ありがとうございます。
そういう意味では、武田さんにとってお仕事の中で気をつけてらっしゃることはありますか?
―武田さん
どのスタッフもそうなんですが、時間が許す限りよく話を聴くということですかね。
―松田先生
うんうん、やさしいスタッフで聞き上手の人が多いですね。
人としてのやさしさというか、そういうものを持っている。
穏やかな雰囲気が診療所内に流れているのはそのお陰だと思うんです。
そのような人と一緒に働きたいと思うのは、やはり患者さんと密着感をもって関わっていきたいからであって、やさしい心根のようなものが感じられるから信用されるんですね。
在宅の中で、ことばで伝えきれない暗黙知のようなもの扱ううえで、人としてのやさしさというのは本当に大事なことなんです。
―武田さん
先生、ありがとうございます。
その他には、初回訪問に行く前に、家族の方が割とご相談にいらっしゃることがあるんですが、そこでお聞きした情報やご本人やご家族の想いなどを
確認することには心掛けています。
―大曽根
何か印象的な患者さんとのエピソードなどはいかがですか?
―武田さん
そうですね、とてもびっくりしたケースがありました。
奥さんと2人暮らしされている終末期の患者さんで、最初相談にいらした時は、奥さん自身が介護をした経験がなくすごい不安だということを率直におっしゃっていたのが印象的でした。
その後、退院されてきた日に訪問し、病状なども進んでしまっていたんですが、次の日以降も状態に応じて電話をいただいて訪問するということを何度か経て、最終的にはお亡くなりになられました。
とても不安を感じていた奥さんが最期までしっかり介護されたこともですが、お亡くなりになり奥様と一緒にエンゼルケアをしている時に、「実は棺にこれを入れてほしいとリクエストしていたんです」とお話があり、大変な中でも夫婦で話をしっかりし、準備などもされていたことにびっくりしました。
ほとんどの方が、「大変だったけど家で最期を看れて良かった」「24時間連絡できるという体制があることで助かった」というお言葉をいただくことが多く、それが私たちの励みになっています。
―大曽根
ありがとうございます。
本当にありがたかったと感じて言ってくださっているのが伝わるから、うれしい言葉ですね。
ところで松田先生は、意識だけでなく動きの面でも本当に患者さんの気持ちや選択を第一にされていることが伝わってきますが、在宅医療に関わり始めたのはどういうきっかけだったのですか?
―松田先生
患者さんに手術して病気は治ったけど、それだけでは本当にその人の人生にとってプラスにならなかったような経験を何度かしてきているんです。そこには合理性だけでは説明つかないこともあれば、やはりわからないものはわからないんです。
医者として合理的に治療はするけど、本人にとってプラスになっていくのかは、後々も診ていかないといけないんだと思うんです。
そういう意味でそのベースはずっと変わっていません。
風連国保診療所に着任した時に、ベテランの看護師さんたちが「はいはいー、先生、行くわよー」って患者さんの家に連れて行ってくれたんですね。
近所の人が困ってて歩けなくなったのに、なぜその人をわざわざ連れてくるのか?と。
私は元気で時間があったら歩いてこちらから行った方が100倍早いでしょ、と僕の中で合理的なんですね。
訪問診療をしようと思っていたという感覚よりも、地域の人と付き合っていこうとしただけなんです。
僕は、目標立てて計画的に進むよりも、頼まれたことをやり続けて積み重ねていくだけのタイプなんですね。
だから、頼まれたことは基本的には断らないです。
この地域の人たちに本当に大事にされてると思うし、いろいろ教えてもらっていて、感謝してます。
―大曽根
本当にすばらしいですね。
地域の方と共にいる、溶け込んでいる様子が伝わってきます。
最後に一言いかがでしょうか。
★大事なのは道具の使い方と生身のリアルの情報
―松田先生
そうですね、改めて名寄のICTはよくできていて、すごく便利だし、本当に感謝してます。
だからこそ、あとは使う側の気持ちの問題だと思うんです。
メールなどもなかった電話だけの時代からしたら100倍以上進歩しているし楽になっている。
結局は、伝えたいことや必要なことを、きちんと相手に意思を持って伝えようとする「道具」でしかないわけで、画面に書いてあることを、さも正しいことのように見誤らないように注意が必要だと思うんです。
インターネットの情報と一緒ですよね。
生身のリアルな情報を見ることがやはり一番なんです。
でも実は一番生身の患者さんを見てないのは医師なんです。
他の職種の方たちの方は直に接して本当によく見ているんです。
―大曽根
ありがとうございます。
武田さん、改めていかがでしょうか。
★多職種チームの連帯感の醸成
―武田さん
そうですね、やはり私たちもICT入ったことで細かい情報を拾えるところでは大きく役に立っています。
患者さんのことをいろいろな角度から見れて、助かっています。
情報を共有していく過程で連帯感が高まっていくことを感じることも多いです。
情報を載せると、皆さん気をつけて見てくれるので、早期発見に繋がるなるという点でもすばらしいですね。
―大曽根
松田先生、武田さん、本日は貴重なお話をお聞かせいただき本当にありがとうございました!
シーズン4/エピソード1は風連国保診療所の所長松田先生と看護科長の武田さんにお話を伺いました。
※内容はインタビュー実施時点(2023年6月末)のものになります。
★★名寄市あったかICT物語の構成★★
【シーズン1(導入前夜編)】
【シーズン2(導入編)】
· エピソード6:「医師としての紆余曲折の全てが今につながる」
【シーズン3(運用編)】
· エピソード4「前編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」
· エピソード5「中編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」
· エピソード6「後編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」