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ファドを聴こうと銀座「ヴィラモウラ」へ行ってきたとのこと

ヒップホップ、なかでもニュースクールに岡惚れしてきた俺にとって、長らく民族歌謡は縁遠い存在であり、「ファド」なる音楽ジャンルを知ったのもつい2、3年前のことだった。

イタリアにカンツォーネ、フランスにシャンソン、アルゼンチンにタンゴ、ブラジルにサンバがあるように、ポルトガルにはファドがある。

魅力に気付くきっかけとなったのは、いしいひさいち御大が描いた漫画『ROCA』である。

歌うことしかできない地方の女子高生・吉川ロカが、年上の同級生・柴島美乃に支えられながら、ポルトガルの国民歌謡「ファド」歌手を目指す友情物語。デリケートな小節まわしに特色があり、12弦ギターラの伴奏で歌われる「ファド」は「宿命」を意味する。

漫画を読み終えてからというもの、一時、音楽配信サイトでファドを聞く日々が続き、次第に、「生で一度聴いてみてえな」という思いが募った。しかしファドは日本においてマイナーな音楽ジャンルであり、機会はなかなかない。

厳密にいえば、あるにはあるが、ど素人の俺がファドだけが演奏されるコンサートに足を運ぶのはハードルの高さを感じ、なかなか一歩を踏み出せなかった。初めて池袋BEDのフロアに足を踏み入れるよりも引け腰であった。

さりとて一度は生で聴いてみたい。定期的に情報収集していると、銀座のポルトガル料理店「ヴィラモウラ」で、コース料理を味わいながらファドの演奏を聞く催しが開かれていることを知る。

迷わず予約。して、キタコレ。

最低気温は一桁代に突入、すっかり冬の空気になった銀座。丸の内線の駅を降り立ち、駅から歩くこと5分ほど。学校制服をアルマーニに指定したことで話題になった泰明小学校……

の真向かい。ヴィラモウラ。


コース料理と音楽を楽しむだなんて随分ハイソな遊興といえる。“ザ・銀座”といった客筋に不快な思いをさせぬよう、周りの振る舞いを横目で見つつ、場を乱さない所作に努めなければならん。緊張感を「発泡酒」で誤魔化す。

以下、食べた飯(前菜三種にポルトガル名物の鱈、肉料理にデザートが供された)とイベントの様子。

三種類とも酸味のある前菜。ポルトガルでは一般的なのか。俺は知らない
哀愁たっぷりなギターラの音色
とうもろこしをすり潰した芋餅のようなものが酒にぴったり
小暮はなさんの歌唱を楽しみにしていた。名曲「ジャカランダの花」まで披露してくれるとは

ラテン系の陽気なイメージがある一方、ペドロ・コスタの映画で描かれるような暗澹とした一面もある印象のポルトガル。大航海時代に繁栄し、覇権を握った国で奴隷として働かされていたアフリカの人々が歌っていた音楽がファドの起源だという。

だからなのか……いや、直接的な接地は避けるべきだが、なんにせよファドという音楽には“ここではないどこか”への憧憬が纏わるように感じる。憧れている世界はどこにもない/辿り着けないと予感しており、閉塞感、悲哀を抱えながら、それでも、だからこそ、運命を受け入れる。諦念と切望の宙吊り。いわゆるサウダーヂの魅力がある。尊くもあり、寂しくもあり、やりきれない。

なんとも、目を瞑りながら聴きたくなる。

イベントでは涙を落とす人もいた。ポルトガル語がわかるわからないの如何にかかわらず、ファドには人の胸を打つなにかがあるんだろう。俺の目も潤んでいた。

ワイン2本を空け、文章はブレブレ。ともあれ、なんとも。俺にとって大満足な会だった。酔いが醒めてもその印象は変わらなかろう。改めて、いしいひさいち『ROCA』を読むとする。

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