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あの匂い…まぎれもない匂い…
プランニング用の資料をまとめていると…
開け放った窓から冷たい雨音と湿った微かな匂いが忍び込んだ
マウスから指を離し、心をしずめて嗅いでみた
あの匂い…まぎれもない匂い…
この上なく微妙で、こまやかな匂い…
随分前になるがテレビの中直木賞を受賞した又吉直樹さんが
「海外小説で好きな小説はなんですか?」
という問いに『香水』と応えたので
ビックリして画面の又吉さんを見つめてしまった
なぜならわたしが大好きな小説の一つなのだ
『香水~ある人殺しの物語(Das Parfum – Die Geschichte eines Mörders)』
18世紀のパリは風呂に入る習慣もなく、汚物を直接窓から外へ放り投げられおぞましいほどの悪臭に満ちていた
そのパリの市場の屋台の下、主人公は魚屋で働く母親から立ったまま魚の臓物の中に生み落とされ…捨てられた男の子
母親は生まれた赤ん坊を殺そうとしたために嬰児殺しの罪に問われて処刑された…
そして嗅覚だけが獣よりも鋭い少年に育つ…
孤児になったグルヌイユ(グルヌイユの意味は蛙で、グルヌイユは蛙のように醜い、やせこけて、ぞっとするようなところがあるとして名付けられた…)は、国からの養育費目当てでマダム・ガイヤールが運営する孤児院に預けられる
言葉の覚えも遅く、天与の獣以上の圧倒的な嗅覚でしかコミュニケーションができない…そして周囲と交わることない異質な少年は誰にも好かれない
現代であればASDにくくられセラピーを受けるのだろうが、18世紀に生を受けたグルヌイユは集団の中で、ただただ孤立して育つ…
13歳の時にわずか7フランで、皮なめし職人に売られ…
平均寿命15~16歳という過酷な労働に耐えて生き抜き…
すぐれた鼻の才覚を認められて調香師バルディーニに奉公することになる
そんな過酷な運命の中
生きて行く全てを臭いで学び青年になったグルヌイユは初めて神聖ともいえる芳香を持つ少女とすれ違った…
グルヌイユはその匂いが忘れられず少女の芳香を無数の悪臭の太い糸を解きほぐし、その中から細い一本の匂いの糸に選り分け…
少女を見つけ出す…
私はその場面の少女の匂いを嗅ぐセンテンスがとても好きだ…
― におい立つ体臭を丸ごと嗅いだ…
やわらかな風を呑むようにして呑み込んだ ―
グルヌイユには体臭が全くない。
Soul of being is there in scent(存在するものの魂は香りの中にある)
という作品の哲学なのだろうか…
そしてグルヌイユは、存在を…魂を…全く持たない自分の存在の証として
「嗅いだ者すべてを魅了し、愛さずにはいられなくする」
究極の香りを作り出すために…
無垢な乙女達を次々と、無慈悲に殺害していく。
人はなにかしらどこかが欠けているもの、その欠けたもの…自分の存在の証を狂おしく求めるのは「背徳」でもなんでもなくある意味自然な欲求なのかもしれない…
そんなことを…ふと…考えながら再びマウスに指をかける…
小説『香水~ある人殺しの物語(Das Parfum – Die Geschichte eines Mörders)』
映画『パフューム ある人殺しの物語(Perfume: The Story of a Murderer)』
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