... Carpe diem
彼はヘッドフォンを外そうとしない
身じろぎもしない彼の深く透明な瞳は
私たちが知らない音の色合いに旅している
もう15年ほど前のことだが
彼はよく蛇口から落ちる雫の音に魅せられていた
誰もいない風呂場の蛇口をほんのすこし緩め
浴槽の水面に弾ける水音に耳を傾け2時間も3時間もその場を動かなかった
「今日は泣いているよ」
「今飛んでるんだ」
「仲間はずれでかわいそう。。」
時々ポツンと言葉を漏らす
命くんがアスペルガーだとわかったのは2歳になった時…
4歳の誕生日の時
私は彼と一緒に壁中に紙を貼り絵の具を塗りたくった
その時の命くんのお気に入りの色は青だった
しかしその中にも彼のこだわりがあり
「まぁまあお」と呼んでいたブルー・ゴーロアーズ系の青を好んだ
部屋中が明るく微妙な青に染まった
6歳を迎えた命くんの誕生日
私は簡単なDJセットをプレゼントした
彼は音のリプレイに興味を持ち
食べかけのケーキには見向きもせずリプレイする音を聴き続けた
その時私は彼の瞳の奥が少しだけ色合いが変わったように見えて嬉しくなった
8歳の誕生日には新しいCDJとミキサーを買ってもらったらしく
部屋には様々な楽器も増えていた
そして13歳の時にはMacの音楽編集ソフトでリプレイする音を奏でていた
私はヘッドホンの彼を後ろからそっと抱きしめ
彼が創り出した音の色合いと温もりを感じながら
静かに刻む時の流れに身を沈めた…
当時私は大切な人を失い闇の中を彷徨っていた
そんな私の心を癒してくれたのは彼の音だった
そしてそれはかけがえのない微笑みの言葉だった…
もうじきクリスマスがやってくる…
きっと今年も「まぁまあお」色の空の上で
彼は澄んだゆらぎの音を奏でてくれる…
ありがとう 命くん
... Carpe diem