NewJeansが作り出すリアリティとその行方 #4
3章 NewJeansに抱く親近感の正体
3.1 ローファイかつハイクオリティなアートワーク
K-POPファンの間でも、NewJeansのアートワークには大きな注目が集まっている。SNSの反応を見ると、アートワークへの感想として、”かわいい””おしゃれ””かっこいい””欲しい”といった前向きな感想が多く見受けられる。
恥ずかしながらこれまでアイドルのアルバムを複数枚購入したことはなかったが、今回ばかりは6形態アルバムを買ってしった。不可抗力。アートワークが良すぎました。
その要因として、手作り感がありながら、ハイクオリティかつ一貫した世界観のアウトプットが成されているということがあるだろう。
洗練されているデザインにも関わらず、”手触り”があるのだ。
アウトプットイメージとしてはかなり遠いところにあるが、コンセプトとして類似点を感じるのが、Vallée Duhamelというカナダの映像スタジオである。
彼らは、”High class lo-fi.”を提唱し、実写でありながらCGのような高精細の映像を作り出す。
”手触り”がありながら洗練された印象は、表現の違いこそあれ、NewJeansのアートワークにも通ずるものがあるように思える。
ここでは、NewJeansがこれまで公開してきたアートワークについてそれぞれ詳細に分析していきながら、その”手触り”の秘密に迫っていきたい。
フィジカルアルバムについて-込められたテーマを深読みする-
NewJeansの1st EPである’New Jeans’のフィジカルアルバムは以下の全10形態である。
・Bluebook Ver.(全6種: Newjeans, MINJI, HANNI, DANIELLE, HAERIN, HYEIN)
・Bag Ver.(全3種: Black, White, Red)
・Weverse Albums Ver.
前述の通り、筆者はBluebook Ver.の全6形態を購入済みである。
Bag Ver.についてはミン・ヒジン氏のインタビューの中で意図が語られていたので、以下に引用する。
Weverse Albums Ver.の外観イメージ及び、NewJeansのメインビジュアルといえるであろうウサギのモチーフが描かれた絵は、印刷の網点が強調されたざらっとしたイメージが印象的である。
単純に考えると、青く低解像度の絵は、ジーンズをイメージしているのだろう。
あえてちょっと深読みしてみると、この強調された網点による描画から、ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)による、漫画の一コマを拡大して描いた作品群を見出すことはできないか。
もちろん、文脈が全く異なるので直接的に比較する意味は乏しいが、なんとなくその不気味な雰囲気から連関を感じてしまった。
リキテンスタインやアンディ・ウォーホルをはじめとする当時のポップアーティストたちが大量生産・大量消費社会を批判的に捉えたように、今回のアルバムで単なる消費の対象となり兼ねないK-POP作品に警鐘を鳴らしているのだろうか、というのは筆者の勝手な妄想である。
続いてBluebook Ver.の外観を見ると、メンバーの写真は青くくすんだ印刷が特徴的である。こちらのビジュアルもジーンズをイメージしていると考えるのが適切であるとは思いつつ、他の視点も提示してみたい。
筆者が初めにこのビジュアルを見たとき、写真現像における”サイアノタイプ”や建築設計図面の複製に用いられていた”青焼き”が思い起こされた。
どちらも原理は同じで、鉄塩の化学反応を利用した複写技法である。
サイアノタイプは青写真とも呼ばれる。
図面の複写にも使われることから転じて、将来の計画を具体的に考えることを”青写真を描く(draw a blueprint)”と言うようになった。
今回のデビューEPはNewjeansの将来を思い描く青写真なのかもしれない、というのも筆者の妄想である。
さて、グラフィックはどうかというと、メンバーの直筆による絵がレイアウトされ、ステッカーでデコレートされている。
この手作り感によって、アーティストが主体的にアルバムの製作に関わっていることが伝わり、ファンとしてもより親近感が湧く仕掛けとなっている。
なんか昔流行ってたプロフィール帳?みたいなやつっぽさありませんか?(おそらくZ世代には伝わらない)
クレジット等のレイアウトは洗練されており、カラーも青で統一されているため、このような発散したデザインでも不思議と整然として見え、グラフィックデザインとして成立しているように見える。
まじでバリかっこかわいい。秩序と混沌のぎりぎりの狭間みたいな。セルオートマトンのカオスの縁みたいな。(伝われ~)
ロゴデザインについて-自己破壊と再構築-
NewJeansは様々な種類のロゴを持っており、公式インスタグラムやMVの最後で見ることができる。
作品毎やプロダクト毎にロゴのデザインを使い分けるのは、ブランディング的な視点からするとタブーであるように思えるが、実は現在のK-POPにおいては何ら不思議なことではない。
例えば、第4世代のグループでもITZYやStayCはカムバックの度にグループのロゴを更新している
一般的なブランディングの手法においては、企業やブランドのロゴはブランディングの要として、圧倒的な洗練されたデザインにより一つの確固たるイメージをつくりあげる。そこに数百万円、数千万円の資金が投じられることも少なくない(もちろんロゴ単体というよりはVI全体についてのことだが)。
対して、K-POPのグループが目指すところは、時代の流れやグループの成長に合わせて都度作品のテーマを更新し、自己破壊と再構築を繰り返して世界観を作り出していくことであるように思う。
このあたりの話はこれだけで一つの論になりそうなのでいつか書きたいです。いや、書きます。
とりわけ、NewJeansにはデビュー当初からたくさんのロゴデザインがあるように、変化を許容する柔軟な姿勢が垣間見える。
3.2 参加型のコンテンツデザイン
Webサイトについて-新しくもアナログな良さ-
NewJeansの公式サイトは一風変わっている。
ガラケー時代のWebサイトの雰囲気や効果音を使った公式サイトのデザインは若年層に真新しく、アラサー以上の層には懐かしく映るものだろう。
実際のサイトの内容はというとかなり凝っていて、画面の中でメンバーのアバターが踊ったり、オリジナルのIDカードを作れたりと、非常にインタラクティブな印象をうける。
どのように作られているのか検証するために、Google Chromeのデベロッパーツールを用いて、サイトのソースコードを確認してみた。
すると、どうやら”Pick My Outfits”と”My Album”のページについてはゲームエンジンであるUnityを用いて作られたコンテンツが埋め込まれているようだ。
つまり、Webゲームのようなものをプレイしていることになる。
参考までに、無料のWebゲームがまとめられているサイトがあるので、ご覧いただきたい。
この”ゲーム”を埋め込むために使用されている”HTML5”という言語は2014に発表されたものであり、比較的最近の技術である(参考: HTML5とは?初心者向けに特長や使い方を超わかりやすく説明してみた)。
そういった比較的新しい技術を用いながらも、どこか懐かしさや手作り感のあるインタラクティブな仕掛けになっている。
それによって、利用者はアーティストと交流している感覚や、自分も一緒にNewJeansの世界観をつくることに参加しているという感覚を得ることができる。
因みに、”ID Card”のページは一般的なフォーム入力のような仕様になっており、アナログな方法でつくられながらもインタラクティブな要素が担保されていた。
また、”Moving Photo”はスマホを動かすとそれに合わせてメンバーの画像が動き出す、というなんとも不思議なコンテンツになっている。
筆者はハリーポッターシリーズに出てくる動く新聞を見たときのわくわく感を思い出した。
ソースコードはどうなっているかというと、実はとても簡単でアナログな作りになっていた。
スマートフォンの動き(PCの場合はポインターの動き)に合わせて、360枚の写真が次々と切り替わっているのだ。つまり、パラパラ漫画と同じ手法である。
アナログな手法で新しくも不思議なコンテンツを作り上げることに成功している。
アプリについて-友達感覚を生むツール-
NewJeansのデジタルにおける世界観をつくるうえで欠かせないのが、専用アプリの"Phoning"である。
トップ画面(左から2番目)は公式サイトと同様にどこか懐かしさのあるかつてのwebサイトの雰囲気とスクラップブックのような印象があるかわいらしいデザインだ。
このアプリの最大の特徴は、メンバーたちのグループチャットに参加できる”Messages”(左から3番目)だろう。こちらからメッセージを送ることはできないが、メンバー5人のチャット上での会話を覗き見ることができる。
その内容も、ファンに直接的に呼びかけるというよりは、天気や好きな食べ物など他愛もない話がなされている。
これまでも、Vliveに代表されるリアルタイム動画配信サービスなどで、アーティストとファンがリアルタイムに交流することは可能であった。
しかし、あくまで”アーティストとファン”という対比的な関係性は固定されている。
Phoningにおいてはアーティストに対するファンというよりは”NewJeansの友達”になったような感覚を得られるのだ。App Storeに掲載されている、アプリの紹介文を以下に引用する。
ここでは、NewJeansの日常に自分がお邪魔しているような、あるいは、自分の日常にNewjeansのメンバーが入ってきてくれているような、より混ざり合った関係が生じている。
ポップアップストアについて-D2Cブランドとの比較検討-
2022年8月12日にソウル汝矣島(ヨイド)のThe Hyundai Seoulにて、Newjeansのポップアップストアがオープンした。
建築設計に従事している筆者としては、非常に興味があり実物を体感して分析してみたかったが叶わなかった。よって、得られる情報をもとにした分析に留める。
K-POPにおけるポップアップストアの重要性について検討する前提としては、先にも紹介した『K-POPはなぜ世界を熱くするのか/田中絵里奈 著』が詳しい。
上記で指摘されているように、様々なコンテンツを通して世界観の伝達を行う上で、リアルな場においてそれを体験できるポップアップストアは非常に重要な場なのである。
K-POPに限らず、”世界観”を共有するうえでポップアップや実店舗はかなり重要な要素となっている。
その事例として、D2Cブランドにおける実店舗の重要性について参照してみたい。
D2Cブランドは様々な媒体を駆使しながら消費者へアプローチしているという点でK-POP産業とも大きく重なる部分があるので、重要な示唆が得られるだろう。
『D2C「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略/佐々木康裕 著』はD2C企業のつくる世界観や立ち上げの具体論にまで言及した体系的な書籍である。
D2Cブランドの基本的な特徴も丁寧に解説されているので、是非ご覧いただきたい。
こちらの書籍からまず、以下の指摘を引用する。
この文の主語を”NewJeans”とすれば、「NewJeansは作品を販売しているのではない。世界観やライフスタイルを販売している。現代のファンは”音楽”だけではなく、”感情”を買おうとしている。NewJeansのファンを”ファン”と呼ぶのは適切ではない。NewJeansはファンを、一緒にブランドを始め、育てていく”仲間”の ように扱う。」と言い換えることができるだろう。
まさに、今、K-POP業界が直面している状況であり、NewJeansという”ブランド”が志向していることのように思える。
佐々木氏は世界観を構築するD2C企業の事例として、スーツケースの販売をしている”Away”を例に挙げ、自社で出版している雑誌”HERE”に言及している。
美しいビジュアルや、魅力的なライフスタイルを売る手法は、これまで外観してきた、NewJeansのコンテンツに通ずるものがある。
(参考: https://www.heremagazine.com)
話を実店舗の重要性に戻そう。
佐々木氏は、SNS広告費の高騰により実店舗の方がオンラインでのプロモーションよりCPA(Cost Per Aqcquisition: 一人当たりの顧客獲得コスト)が安くなっていることに言及しながらも、以下のように述べている。
K-POPのポップアップは、以前からショールームや体験施設としての色が強いと思うが、今回のNewJeansのポップアップも同様に、体験にかなり重きをおいているようである。
店内に設置されている電話からはEP収録曲の”Hurt”が各メンバーのソロver.で聴けるという。
ここでしか体験できないという特別感が得られるとともに受話器を通してメンバーの声を聴くことで親近感が増す仕掛けになっているのである。
また、一定金額以上の買い物をすると、メンバーと一緒にプリクラを撮れる(もちろんメンバーの画像は合成だが)というアトラクションも用意されていた。
尚、このPhotomatictというアトラクションは、カロスキルに本店を置く同名のフォトスタジオが提供するセルフフォトブースである。
従来の”盛れる”プリクラ機というよりはおしゃれな雰囲気のある写真が撮れるもので、2018年に登場して以来、韓国の若者の間では絶大な人気を誇っているとのことである。
(参考: Photomatic公式 https://www.instagram.com/photomatic_official/)
ここでもやはり、インタラクションが大事にされ、NewJeansと友達になったような感覚を持てるようになっている。
インテリアデザインとしての構成はどうだろうか。
これは現地に行ったわけではないので詳細は分からないが、公式Twitterに投稿された動画からわかる範囲で検討してみたい。
主なマテリアルは、透明と青のアクリル、ミラー、ステンレス(映像だとわかりにくいのでアルミかもしれない)、そしてカーペットといった少ない種類の素材と色でまとめられている。
世界観を表現しているというよりは、グッズを際立たせるための洗練された背景として、あるいは、ブランディング的視点から、Newjeansのアートワークに特徴的な”青”を強調した設計となっているように思う。
照明は色温度の高い真っ白な蛍光灯と青いライト(ピンクのライトも使われている?)で徹底してその洗練された雰囲気をつくっている。
もし、実際に訪れることができれば、あるいはより多くの現地情報などが得られれば、インテリアデザインについても詳細に分析したい。
というか日本でもポップアップやってくださいお願いします。てか、むしろポップアップの空間デザインやらせてください。
3.3 親近感の正体とこれから
さて、ここまでNewJeansのアートワークやコンテンツの作り方について外観してきた。
手触り感のあるアートワークと参加型のコンテンツデザイン、そして、ファンを"友達"として位置づけるようなテーマ設定によって、鑑賞者とNewJeansの精神的な距離はぐっと近づくことがわかった。
これが、NewJeansに対して抱く親近感の正体だ。
繰り返し語ってきたように、圧倒的に魅力的な世界観と親近感がNewJeansのリアリティを支えているのは間違いないだろう。
では、今後の展開はどうだろうか。
他のチームと同様に、リアリティ番組やビハインド映像の公開も続いているが、数多のチームの中で今後NewJeansが今後どのようなリアリティを形作っていくのだろうか。
NewJeansというチーム単体でその展開を予想するのは非常に難しい。
なぜなら、チームのテーマや音楽性、クリエイティブの方向性は否が応でも社会の情勢や流行に左右されるからである。
ミン・ヒジン氏というクリエイティブの核があったとしても、この影響は避けられない。
むしろ、そういった社会的な流れが考慮されていないクリエイティブは、やがて象牙の塔に引きこもり退廃の一途をたどるだろう。
よって、次章では少し視野を広げたい。
昨今の社会的な状況を考慮しながら、他のチームが作り出すリアリティとNewJeansのリアリティを比較検討することで、より、その輪郭を明瞭にすることを試みる。
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