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そして、経路は繋がれた【徒歩設定運用改善の軌跡】

こんにちは!ぱてぃおです。
ナビタイムジャパンでバス・フェリーデータの保守・運用を担当しています。

いきなりですがみなさんが働く中、日々の業務でモヤモヤする作業はありますか?

私はあります。

日々のモヤモヤ業務を続けていても生産性は上がらず、余計に不満が募っていく。そのような経験は誰しもが経験しているかと思いますが、いざ改善しようとすると難しい。これが世の常かと。

いやいやいや、そんなこと言ってる場合じゃないんです!
なんとかして日々のモヤモヤから解放されたい!!!!!
じゃあもうやることは1つ。運用改善するしかない!

ということで今回は、目の前のモヤモヤした課題に対して、私自身がどのような角度から考えアプローチすることで効果的な運用改善の実現に漕ぎつけたか、その一端を『徒歩時間設定』の改善を題材にお話しできればと思います。



課題前夜

西九州新幹線開業!

2022年9月、西九州新幹線が開業しました。
全長およそ70kmと短めのその路線は、いくつかの新駅を携え華やかなデビューを飾ります。新幹線開業のインパクトは大きく、開業1年時点での佐賀県・長崎県への経済波及効果は1736億円と言われています。
(参考:九州経済調査協会レポート

新幹線の開業は、現地の足にも影響をもたらします。
特に新幹線の場合、その施工性質上、元々なにもないような場所に新駅を作ることが多くなり、市街地への移動手段としてバスの需要は高まります。

ナビタイムジャパンでもその開業に向け、研究開発部門一丸となり、新幹線を中心とした鉄道・バスのデータ整備の対応を行いました。

経路が出ない?

西九州新幹線開業後のある日、1つの調査依頼が研究開発部門内を駆け巡ります。

嬉野温泉駅~肥前鹿島駅、嬉野温泉駅~肥前浜駅、新大村~肥前鹿島などで鉄道とバスを使った経路が出ない

鉄道のデータもバスのデータも入っているのになぜ…?

出てほしかった経路の例(新大村-嬉野温泉-肥前鹿島)

調査した結果、原因は「西九州新幹線の新駅と、新設バス停の間の徒歩時間が設定されていないこと」というものでした。

前提知識として、鉄道やバスの時刻等のデータがどれだけ精度よく入っていたとしても、その間の移動の接続をしない限り、鉄道とバスを乗り継ぐ経路を出すことはできません。

画像例の場合、「新駅(嬉野温泉)と新駅開業に伴って誕生したバス停(嬉野温泉駅)の間の徒歩時間がなかったこと」となります。
その後この徒歩時間設定を追加することで事象は解決へと至ります。

事象の根本原因とは

先ほどの事象の根本原因を考えます。
鉄道とバスを用いた経路が出ない原因は前述の通り「西九州新幹線の新駅と新設バス停の間の徒歩時間が設定されていないこと」でした。

ではなぜ徒歩時間の設定が漏れてしまったのか?
理由は、設定の運用が「職人芸」過ぎるから。

勘の鋭い方は気づかれたかと思いますが、徒歩時間の設定は都度手動で追加されています。
まさに職人芸といったところで「あそこの乗換はこれくらい」といった算段で、ナビタイムジャパンの公共交通を愛する人々によって整備され続けてきた歴史があります。

公共交通に造詣が深いメンバーであったとしても、日々多くの公共交通機関のデータを扱っており、何より人間であるため、設定の漏れが生じるのは必然でした。それに加え、手動での設定追加が必要な「駅 - バス停」の組み合わせを拾う術がなく、データ作業者のよる気づきに依存して設定追加が行われていました。これが設定漏れの原因となる運用課題です。

また、手動であるがゆえにその設定内容は作業者の経験値に依存しています。後から出てきますが、他の設定との干渉など考えることも多く、持続可能な運用という観点で見ても大きな課題を抱えていました。

ちなみに、西九州新幹線の例に違わず、他の駅でも同様のことが大なり小なり起きていました。経路の不備に関する指摘の中で、徒歩設定に関する指摘は月6件程度ありました。この指摘を1つずつ見ていく作業がとても大変だったこともあり、これを減らしたい思いが当時大きかったと記憶しています。
まさにここが冒頭でお話ししたモヤモヤポイントですね。


課題と対峙する

理想の状態とは?

根本原因を踏まえ大きく2つの運用課題があることが明確になりました。

  1. 追加が必要な「駅 - バス停」の組み合わせを拾う術がない

  2. 設定内容は作業者の経験値に依存している

この課題に取り組むにあたり、理想の状態を考えました。
今回の課題は、シンプルに
『追加が必要な「駅 - バス停」の組み合わせが、作業者に依らず自動で拾われ続けること』
これを理想の状態として定義しました。

そして何より、簡単な改善で大きな効果を出せることを考え続けたい。
でないと運用に載っても続かないですからね。

あとは行動あるのみ、ということで頭の中の案を試していきます。


【案1】駅から一定範囲内の停留所全てに設定が入るようにする

「駅 - バス停」の全ての組み合わせに対して徒歩時間を設定すること
これが最もシンプルかつ合理的な解決策として考えられたため、この方法を試してみることにしました。

とはいえ、『札幌駅』と『バスタ新宿』を結ぶなんてことをしてしまうと、徒歩で瞬間移動できる経路案内をすることになってしまいます。
そこで一定の閾値を設ける必要があります。今回は徒歩4分程度の距離としました。

結論から言いますと、この案はボツとなります。残念!

例えばこちらの例。
東京メトロ東西線浦安駅から徒歩4分圏内のバス停を示しています。

停留所名の背景色が黄色の停留所は徒歩時間設定済み、
停留所名の背景色が紫色の停留所は徒歩時間設定がありません。

浦安駅(千葉県)周辺のバス停

一見未設定となっている『浦安駅西口』と『猫実5丁目』に設定を入れてもよさそうですが、そんな簡単な話ではありません。
例えば『猫実5丁目』を通るバスは必ず『浦安駅〔おさんぽバス〕』に停まるため、設定次第で『浦安駅(鉄道駅)』から『猫実5丁目』へ乗り換える経路が案内されてしまう場合があります。
駅に近い別の停留所があるにも関わらずその停留所が使われない、そんな経路を生む不要な設定が爆増してしまうため、この案はボツとなりました。


【案2】駅から一定基準を満たした停留所の設定が入るようにする

ということでたどり着いたのがこちら。
駅から一定基準を満たした停留所の設定が入るようにします。

一定基準ってなんだよ

と思われると思うので説明すると、
一定基準について、ここでは大きく2点考慮しています。

  1. ある「駅 - バス停」の組み合わせに対して設定がない場合に、孤立してしまうバス路線があるかどうか

  2. 同一駅において既存で手動設定された時間を尊重した設定とすること

1つ目については単純な話で、その設定がないバス路線が鉄道からの乗換経路として出てこなくなってしまうため、これを防ぐ意味合いで入れます。
案1の反省を生かした基準で、この基準なしには始まりません。

2つ目についてもそこまで難しい話ではなく、既存の手動での設定時間には職人による愛が詰まっているからです。

そこに愛は・・あります!

ここでの『愛』とはなにか。

例えばこちらの例。
1つ目の基準を満たした『湯川(千葉県)』停留所が存在しており、最寄りの鉄道駅である『成田湯川駅』と設定したいとします。
※この例はフィクションです

成田湯川駅周辺バス停

このとき既存で存在していた『成田湯川駅(鉄道駅) - 成田湯川駅(バス停)』の設定は4分で設定されており、高低差が考慮されたものとなっています。
これが愛の正体です。地図で見る分には2分もあれば乗り換えられそうですが、現実世界は違うわけです。

成田湯川駅構内図(京成電鉄公式サイトから抜粋)

そこで自動で追加設定を入れる際には、これまで築き上げてきた時刻の設定(=資産)を尊重してあげることで、より適切な時間を設定することができるようになりました。
これが一定基準の1つ目だけでは運用改善として成立しない理由です。

これまでどうして手動だったのか、手動には手動のメリットがあるわけで、こう改善すればいいはずだ!を押し付けるだけではだめだったということです。これまでそのような運用だった理由を心の底から理解できたときにやっと改善の土俵に立てるのかもしれません。

負債の精算

理想の状態は
『追加が必要な「駅 - バス停」の組み合わせが、作業者に依らず自動で拾われ続けること』
ですが、その前にやることがあります。

それは、これまでの運用の中で一定基準に含まれているのに設定されていないものを全て追加すること。過去の負債を精算する必要があります。

ということで、計算するとなんと約2500組が一定基準を満たす設定として追加必要であることが判明しました。こんなに不足していたのかと驚く部分が大きいですね。
この膨大なデータを経路検索への悪い影響がないか確認したうえで投入しています。

運用更新フローに載せる

ここまできたらあとはやるだけです。元に戻らないよう、一定基準内の必要な設定が見つかるたびに設定を追加するよう運用に載せます。
2024年7月現在、時刻データの運用フローの中で、設定を追加する仕組みを入れています。毎回少しずつ追加が必要になるみたいです。


運用改善結果

得られた効果

  1. 約2500組の「駅 - バス停」の組みが追加設定されたことにより、人の目から漏れていた設定を追加でき、より適切で品質のよい経路が案内できるようになりました

  2. 接続設定に起因する指摘が 6件/月 から 1.6件/月 と大幅減少しています

  3. 経路品質の向上だけにとどまらず、接続設定の資産性を活用したサービスである「バス停周辺駅表示機能」の提供を開始できました

まとめ

『徒歩時間設定』の改善を題材に運用改善の取り組みを記載しました。

運用改善と一口に言っても、それまでの潮流を理解したうえで改善を行うことで大きな効果が得られることを学びました。
今回の改善の場合、【案1】の時点ではとにかく簡単な解決策を考え、ボツとなった部分があったのではないかと思います。【案2】ではこれまでの手動による設定を資産と考えることで、改善案がうまく繋がっていった実感があります。
一方で【案1】を飛ばして【案2】にたどり着けたかというと、決してそうは思いません。【案2】が【案1】の失敗を前提としている点は前述の通りです。そう考えると、最速で行動して失敗して改善し続けるしかないということなんでしょう。私自身器用でもないので!


ナビタイムジャパンでは『運用改善Awards』と題して「改善効果・改善内容に優れた施策」に賞が与えられます。
この改善はナビタイムジャパン2023年度『運用改善Awards』において優秀賞をいただくことができました。
相談に乗っていただいた皆さまにはこの場を借りて感謝いたします。