航海物標としての沖ノ鳥島

日本航海学会『NAVIGATION 220巻』pp.38-44 2022年5月

要旨

 2021年12月2日から同月10日までの間、日本の最南端である沖ノ鳥島(東京都小笠原村)へ海洋調査航海を実施した。今次航海では、同島を右舷船首に見て接近し、引き続いて距岸0.5浬前後を維持して同島を周回した。そこで航海物標としての同島の評価を目的として、レーダー及び目視による初認距離及び環礁外縁で識別される全体像等のレーダー画面への映り方を調査した。この目的の背景は、国連海洋法条約(UNCLOS)第121条に規定される地形の法的地位、島なのか岩なのか、を巡って、沖ノ鳥地形が国際的にも国内的にも議論されているという事実である。航海物標か否かは、現時点では、地形の法的地位には影響を与えないが、将来、新たな判定基準が生まれる可能性はある。
 長い海事史において航海物標とは、永続性を持つ顕著な自然地形を主な対象としてきたように思われる。近年、建造物その他を航海物標と評することが一般化しつつあるかもしれない。それでも、当該自然地形そのものが永続性を持って航海の便宜に容易に与し、航海者の普遍的な合意を得るのでなければ、詰まるところ国際司法の場において、評価に耐え得る航海物標とは見做され得ない。UNCLOS第121条を巡る議論が将来いかに展開されようとも、物標とすら見做され得ない自然地形は、その議論の入口に立つ可能性すら持ち得ないことは自明であろう。国内さらに伊豆諸島に限ってみても、普遍的な航海物標としての歴史を持ち、且つ、自然地形規模が沖ノ鳥島よりもはるかに大きい岩、孀婦岩及びベヨネース列岩、があるが、現在ですら、法的地位の議論を生じていない。一方、須美寿島の法的地位について、我が国政府は島と主張しており、その自然地形規模は、沖ノ鳥島は言うに及ばず、孀婦岩及びベヨネース列岩に比べても大きい。
 本稿では、航海者・海技士の視点で現地を調査した結果に基づき、海洋政策研究者の視点で、航海物標としての沖ノ鳥島の評価を試みた。結論は以下の通り。
 沖ノ鳥島を、北小島及び南小島の略最高高潮面より上部の地形を指す呼称、と捉えるのであれば、沖ノ鳥島は航海物標とは言えない。
 沖ノ鳥島を、環礁外縁で外洋と識別されている礁湖を含む地形全てを包括的に指す呼称、と捉えるのであれば、建造物は領海内の海底に立脚して海面上に孤立しているのではなく、概念としての島の上に立脚していると解釈することで、沖ノ鳥島は航海物標と言える余地があるように思われる。
 つまり、沖ノ鳥島と呼称される地形範囲の解釈問題ということになろう。地形的な実在を指すのか或いは包括的な地域名称なのかの選択問題、と言い換えることもできよう。但し、 UNCLOS第121条の規定に鑑みても、後者の主張が国際的な理解を得るのは容易ではなかろうと、容易に察せられる。
 尚、本稿では、島と岩の定義に関する国際判例が求めている、島の地位を得るための具体的な条件には触れていない。沖ノ鳥島と国際判例の関係に関しては、別稿に改めることとしたい。


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海洋政策・船舶科学 吉野研究室
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