お蕎麦屋さんのカレーうどん
かつ丼。でもせっかくだしお蕎麦かな。かつ煮セット?だめだめ、絶対ご飯が欲しくなる。
よし、じゃあとっても家庭的、かつ、お蕎麦屋さんならではの味で行こう。
「カレー南蛮、うどんでお願いします」
店員さんで味の予想がつくときがある。
けっして悪い意味ではなくて、家庭的な味なのか、本格的な味なのか、トレンドを意識しているのか、昔ながらのスタンダードか。味の方向性がなんとなくわかるという意味。経営方針が反映されるからかな。
いらっしゃいませ、優しい細い声で迎えてくれたのは腰の曲がったおばあちゃんだった。チェックの割烹着姿で席へと案内してくれる。今日のお店は、どうやら家庭的な感じ。
街のお蕎麦屋さんは、少し店選びが難しい。
しゃんと背筋が伸びるような敷居の高いところから、部屋の角にテレビが吊り下げられているような気さくなところまで、外観からは判別がつきにくいからだ。
だいたいのお店は共通して、白木の引き戸、紺色の暖簾、ちょっとした前栽。引き戸の隣にはショーウィンドウや出窓がしつらえてあって、漆喰壁に掛け軸や、季節の花が飾られていたりする。懐かしいような季節飾りの人形に誘われて入って「お飲み物は」なんて手すき和紙のお品書きを見せられた時はびっくりしたなぁ。
お店は半分がテーブル、半分が座敷席だった。座敷の座布団はくたくたと年季が入っている。うわ、お客さんはご年配の方ばかり。ご近所さんだろうと感じさせるゆったりした雰囲気で、壁に吊られたテレビを見たり、ずるずると蕎麦を啜ったり、いかにもくつろいでいて親せきの家でご飯に呼ばれたみたいな気分になってくる。
さてさて。出汁のにおいにつられたけれど、この雰囲気なら煮つけなどの定食ものがいいかもしれない、それにお蕎麦屋さんの丼ものって美味しいんだよなぁ。かつ丼?でもせっかくだしお蕎麦かな。かつ煮セット?だめだめ、絶対ご飯が欲しくなる。もう一度最初からメニューをたどっていくと、中華そば、なんて文字も見つけ、懐の広さに嬉しくなる。ほんとに、気さくな近所のご飯屋さんって感じだ。
よし、家庭的、かつ、お蕎麦屋さんならではの味で行こう。
「カレー南蛮、うどんでお願いします」
蕎麦じゃなくてうどんなのはご愛敬としてゆるしてほしい。
運ばれてきたカレーうどんは大きなどんぶりにたっぷりとカレースープが満ちていた。具材は豚肉と玉ねぎだけのシンプルな構成。別添えで白髪ねぎもどうぞと用意された。とろみのかかった焦げ茶色に食欲が刺激される。
いただきます、黒い塗り箸で麺をつかんで持ち上げようとして、・・・たぱんっ、カレーの飛沫が机にとんだ。
あれ?と慌てつつ胸元を見下ろしシャツへの被害を確かめる。幸いセーフ、しかし一体どうしたことだろう。ルーで滑ったかな?ともう一度、今度はしっかりぎゅっと挟み上げて、・・・ばつんっ。崩れ落ちるうどんの麺、ぱぱっと着地の衝撃で弾けるカレースープ。
なんということだろう、箸先が麺を切ってしまった。
手のひらでディフェンスしつつ慎重に一本だけつまみ上げると、麺がかなり、かなりやわく茹でられていることが判明した。うーむ。なるほど。 太さ自体は 稲庭うどん系よりやや 太いくらいの麺は白くツルツルとして 、てっきりさぬきうどん系のコシを想定していたのだけど、これはどうやら伊勢うどん的アプローチ。個人的には好きだけれど、それにしても箸でつまむと千切れるというのは困りもの。レンゲをもらうか少し悩み、結局はつゆが飛ぶだろうと箸一膳で頑張ることにした。
ふう、ふう、ふう。
スープをまとってキラキラときんいろに光る麺はなかなか冷めない。ちょっと首を伸ばしてできるかぎりお椀に顔を寄せる。お行儀が悪いけど不可抗力。ほんの五センチ手繰った箸先が微妙な力加減に緊張する。
ずるずるっ。あふあふ、あふ。
むせかえるような熱さが流れ込み、パクパクと顎を動かして空気を口に含む。スープはまろやかで優しい味わい、ご家庭のカレーの味に近い。でも、ルーを伸ばした出汁の味は蕎麦屋さん。
ずずっ、ずっ、三口目でコツをつかんでからは意気揚々。
ふぅ~、ふ、ふ、・・・っず、ず。湯気がおでこをくすぐっていく。豚肉と一緒に食べた玉ねぎはシャキシャキと食感を残したタイプ、まったり穏やかさな中で良いアクセント。かつん、噛み合わせた奥歯から音がする。ふわふわ、というより、ふあふあ?スープをまとわせた麺はお役御免とばかり舌の上でゆるゆるとほどけていく。このどんぶり、主役は完全にスープだ。でも、この控えめで主張しない麺も嫌いじゃない。
はぁ、熱い。いつの間にか首筋に汗がにじんでいる。はあ、はあ、ぷんとカレーのにおいの息が上がる。ずず~っと底に残ったスープも飲み干して、ごちそうさま。
次はかつ丼、気になるなぁ。