シリーズ小説 「殺し屋・掃除屋コンビ」

「どうも。隣いいですか?」と言って、隣に座って来たのは、スーツに身を包んだ女性だった。
「あぁ。」
というと、女性は、満足気に隣に座った。
そして、「マスター、マンハッタンを。」と告げた。
マンハッタンとは、ウイスキー、ベルモット、ビターズを氷と共にステアし、最後にチェリーをトッピングすると言うものだ。
その上品な赤とチェリーを使った気品あるカクテルであることから、「カクテルの女王」と言われる。
「カクテルの女王」を頼まれたマスターは、早速、ミキシンググラスに材料を入れ始めた。
そんな、「女王」を頼んだ女性を横目で見ると、なるほど、スーツのよく似合う凛として、「女王」に見劣りしないどころか、相応しい女性だった。

ここで、このバーについて説明をしておこう。
このバーは、「Bar Noir.」という名前で、その名の通り、店内は、黒を基調とした、シックなデザインで、マスターも黒髭をはやした細身の男だ。
一見すれば、普通のバーのように感じるが、このバーには、2つ、普通のバーと違うところがある。
それは、会員制であることと、その会員全員が裏社会の人間であると言うことだ。
ここに、このバーの特殊性がある。
お互いがお互いの事情をわかっているので、初対面同士でも、話しかけたり、話しかけられたりすることが多かった。

このバーは、その特殊性から、ほとんどの客とは、知り合いで、仕事のやり取りをすることも多いのだが、この女性とは、面識がなかった。
しかし、会員を選ぶのは、ここのマスターである。
彼の目利きは確かなので、この女性も裏社会の人間でも悪い奴ではないのだろうということで、話を聞いていた。
「失礼ですが、ご職業は?」
とマンハッタンをマスターから受け取った彼女は、聞いて来た。
「その前に、君の紹介を先にしてくれるとありがたい。」
「確かに、そうですね。私の名前は、二条蘭と申します。そして、職業は、掃除屋です。」
なるほど、掃除屋か。
掃除屋は、その名の通り、掃除をすることを生業にしているが、片付ける相手がホコリなどではなくて、人の死体の方である。
「掃除屋か。よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。じゃあ、今度こそ、ご職業を伺っても?」
「あぁ、そうだね。俺は、佐伯凜で、職業は、殺し屋だ。」
「あぁ!そうだったんですか!じゃあ、私たち、掃除屋を使うことも多いですよね?」
「まぁ、そこそこかな。」
そう言って、俺は、マティーニを煽った。
「あれ?マティーニ飲んでるんですね。」
「うん、君こそマンハッタンじゃないか。」
「『カクテルの王様』と『カクテルの女王』。相性いいんじゃないですか?」
「職業もな。」
「確かに、『殺し屋』と『掃除屋』だし。」
彼女は、マンハッタンを行儀良く煽った。
「マンハッタン、美味しいか?」
「はい。逆にマティーニ、美味しいですか?」
「美味いよ。」
「ふーん。そう言えば、佐伯さんって、専属の掃除屋いるんですか?」
殺し屋は、職業柄、死体を多く、作り出す。そのため、多くの人は、専属の掃除屋をパートナーに持っているのだが、俺は、未だ、持っていなかった。
「いや、いないよ。」
「え!一度も居ないんですか?」
「うん、一度も。」
掃除屋は、事件に巻き込まれて、殺されたり、行方不明になることもあるため、彼女は、「一度も?」と聞いたのだろう。
「じゃあ、私とコンビ組んでくれませんか?」
「うーん。どうしようかな。」
正直、掃除屋が居なくても、成り立つ仕事の方が多くて、パートナーを作る必要性をあまり感じなかった。
「えー。いいじゃないですかー!」
「いや、別に君のことは、嫌いじゃないんだけど。初対面で、まだ詳しく知らないからさ。そもそも、なんで、俺に話しかけてきたの?」
「それは…。なんか、いい人そうだったからですかね。」
「殺し屋にいい人そうはないだろ。」
「そうですか?職業とその人の性格は関係ないと思いますよ。」
皮肉を言ったつもりだったのだが、すぐに、論破されてしまった。
「まぁ、確かに。俺がいい人そうに見えるのか。」
「はい!なんか、雰囲気というか、空気感からいい人オーラが出てますよ。」
「なんだそりゃ。まぁ、俺に話しかけてきた理由はわかった。けど、君のことを詳しく知らないと、コンビを組むのは難しいかな。」
裏社会では、裏切りも多くある。
いくら、マスターが選んだ会員だとしても、初対面で、仕事を共にするパートナーにするのは、少し危険性があった。
「…そうですか。じゃあ、仮コンビ組みましょう。数ヶ月間、お試し期間で私のことを詳しく知って、見極めてください。」
「うーん。なるほど。そうきたか。」
「はい!ダメですか?」
上目遣いで、潤んだ目でコチラを見てきた。
その表情はズルイだろ。
「わかった、わかった。負けたよ。じゃあ、半年、6ヶ月だけ、コンビを組もう。」
それを聞いて、彼女は、さっきまでの表情はどこへ行ったのか、顔に上品な笑みを浮かべて言った。
「やった!じゃあ、半年、よろしくお願いしますね!」
「あぁ。」
ここから、半年、身辺のわからない掃除屋と謎の仮コンビを組むことになった。

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