短編小説 「蝉」

今年も夏がやってきた。
クソあちー。
エアコンが壊れたので、窓を開けて、網戸にでもしなきゃ暑すぎる。
外では、ツクツクボウシやらミンミンゼミやら色んな蝉が鳴いている。
うるせぇな、俺は思った。
こんなにクソ暑いのに、あいつらのうるさい鳴き声まで聞こえてきたので、次第にイライラしてきた。
さらに、追い討ちのエアコンの故障。
あぁ、なんで、エアコン壊れたんだよ。
はぁーとため息を吐き、ソファに体を投げた。
しばらく、そのまま、目を瞑って、横になっていた。

「ミーン、ミーン」

「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」

頭に、あいつらの声が響く。
その瞬間、風が吹いた。

「ちりーん、ちりん」

と掛けておいた風鈴が揺れる。
少し涼しい気持ちになった。

「ちりん、ちりん」

と風鈴が再びなった時、不思議なことに気づいた。
あれ?あいつらの声が聞こえなくなった?
いつの間にか、ミンミンゼミもツクツクボウシも黙ってしまった。

「ちりん、ちりーん」

しーんとした空間に、風鈴の音がまた、鳴る。
蝉たちの合唱が止んで、嬉しいはずなのに、何故か、何か足りないような気分になった。

この暑さ。あのカンカンに照っている太陽。あの青い空とそこに広がる入道雲。あの青く茂った木々。

網戸を通して見る外の世界には、こんなにも夏が広がっているのに、どこか夏らしさが足りない気がする。

そう思うと、「プルル、プルル」と携帯から電話が鳴った。

そこで、ハッと俺は目を覚ました。
俺は、ソファにいた。
キョロキョロ周りを見ると、夢と変わらない風景だった。
ただ、一つ、夢と違うのは、耳に入ってくるあの音だ。

「ミーン、ミーン」

「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」

俺は、もう、あいつらの合唱を聴いても、苛立ちを覚えなかった。

むしろ、こう思った。

夏には、これがないとな。

ある暑い夏の昼下がりの話。

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