魔のソフトクリーム
小学1年生のころ、田舎の町にしては大きなスーパーが出来た。しかも、みんなが待ち望んだこのスーパーの中には、ファストフード店が入っていた。
とにかくどうしてもこのファストフード店に行きたくてたまらなかった。
ハンバーガーというものを食べたことがないし、お店の中でつくられたものをその場で食べるというスタイルが最高におしゃれに思えた。
あの手この手で、母親との買い物についていっては、やれ「ハンバーガーが食べてみたい。」とか「シェイクってどんな味なの?」とか、「ポテトって揚げたてがおいしいらしいよ。」と駄々をこねていた。
しかし母親は私の口車には乗らず、黙々と買い物を遂行する日々が続いていた。
どうやってもファストフード店に連れて行ってもらえない。
大人というものは、なぜ子どもの声に耳を傾けないのか。
ハンバーガーを食べるとみんなHAPPYになるに違いないのに。
業を煮やして、「学校で持っていかなくちゃいけないものがある」とウソをつき、祖母をだまくらかして、スーパーに連れて行ってもらい、ついでにハンバーガーを買ってもらおうとしたが、ウソはすぐにばれてしまい計画はとん挫してしまった。
そんなある日、いつものように母親についてスーパーについていった。
ファストフード店に掲げられた「ソフトクリーム新発売」とのぼりを指して、半分投げやりな感じで「暑いし、ソフトクリームおいしそうだね」と言ってみた。
母親はのぼりを見て、「ソフトクリーム、おいしそう。買ってみる?」と答えた。
キーワードはなんと「ソフトクリーム」だった!
このワードが出てくるまで、実に半年以上の時間を費やしていた。
「じゃあ、ソフトクリーム買ってきてくれる?」と母親から財布から500円玉を取り出し、手渡してきた。
初めてのお使いだったが、頭の中に「不安」という文字はなかった。とにかくずっと憧れだったファストフード店に行ける!と喜びの感情しか頭になかった。
喜び勇んでレジに並び、順番を待った。購入するのはソフトクリームでハンバーガーではないのが多少不本意だったが、それは仕方がない。本命は次の機会に回し、まずはソフトクリームで腕ならしだと、自分の順番を待つ。
「ご注文どうぞ」と、私を見たレジのお姉さんが優しく語りかけてくれた。
「ソフトクリームください。」と初めての注文に恥ずかしながらもドキドキしながら言った。
「ソフトクリームは、何個いりますか?」とレジのお姉さんは続けてきて語りかけてくる。
私は今、500円玉を持っている。注文はすべて私の思うがままにできるのだ。お母さんの分は1本、私は2本にしよう…と頭の中で考え、こう答えた。
「3本ください!」
レジの奥でソフトクリームが、キレイなとぐろを巻いて作られているのを、うっとり眺め、出来上がるのを静かに待っていた。あのきれいなソフトクリームはこの500円玉を差し出せば、手に入るのだ。頭の中は、ソフトクリームを早く食べたいという考えで満たされていた。
3本のソフトクリームが出来上がり、「ソフトクリーム 3本で504円です」とお姉さんの口から信じられない数字が出てきた。
衝撃だった。私の体の細胞という細胞が叫んだ。
160円だから、3本買っても500円玉で買えるはずなのに!!どうして!!!
まだ世間を知らない私は、このころの日本の社会情勢など頭になく、消費税が引き上げられたことなんてもちろん知らなかった。
恐る恐る「500円しか持ってないです。」とレジのお姉さんに500円玉を差し出した。
この500円玉を出したところで、ソフトクリームは手に入らない。あと4円足りないのだ。
私の思考がすべて停止していたその時、レジのお姉さんは優しく語りかけてきた。
「そうなの。じゃあ今日は500円でいいよ。」そういうと私の手から500円玉を取り、笑顔でソフトクリームを渡してくれた。
え!!今日は、500円でいいの??っと単純な私はラッキーと言わんばかりにソフトクリームを受け取り、お姉さんにお礼を言い、レジから離れ、母親と合流した。
「ソフトクリームを買ったら、504円だったけど、今日は500円でいいよって」と欲どおしく3本のソフトクリームを持った私を見た母親はすぐにすべてを察し、ファストフード店のレジに向かっていた。
頭の悪い私は、その時何が起こっているのかわからなかった。お姉さんに人知れず助けられていたことも気づいていなかったのだ。
ただソフトクリームはとても美味しかったし、2本丸々食べた。こんな旨いものがあったのかとコーンの先までしゃぶりついたのは覚えている。
レジのお姉さん、ありがとう。そしてすみませんでした。