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とあるいつもの平日の朝が始まるまで

…7時40分

温かいお茶を少し口に含み、心を整えた。朝、このお茶を飲む時間があるかどうかは、かなり重要だ。今日という一日を心落ち着かせて乗り切れるか、忙しく慌ただしく過ぎていくのか、この時間にかかっているといっても過言ではない。冬の寒い朝には、このお茶がすっと染みこみ、カイロのようにじんわりと体の中から私を温めてくれるのだ。

お茶を飲みこんだ後、オーブンで少し温めたくるみ入りのロールパンをキッチンペーパーにくるんでサブバッグの中に入れた。使い古したタンブラーに、急須に残っているお茶をすべて注ぎ込み、バックとタンブラーを持ち玄関へ向かった。


…7時45分

ビジネスバッグとサブバックを肩にかけ、タンブラーを持ち玄関を出た。コンロの火やヒーターのスイッチはちゃんと切っているはず。3分前の自分の行動を頭の中で再生しながら、扉に鍵をかけた。2、3回、扉に引いて鍵がちゃんとかかっているのかを確かめる。

大丈夫、火の元もちゃんと切ったし、鍵もかけた、と自分に暗示をかけるように玄関から名残惜しく離れ、駐車場に向かう。


…7時47分

車に乗り込むと、ひんやりとする車内にタンブラーから白い湯気が放たれ、香ばしいお茶の香りが充満していく。助手席に放っていたブランケットを膝の上に置き、意を決してエンジンをかけた。ひんやりとした空気が足元から出てくる。車が温まるのはまだしばらくかかるが、それを待っている時間はない。

左のミラーに自転車が二台、映りこむ。いつもこの時間に、この道を通る女子高生2人組だ。楽しそうに笑いながら、この寒い朝、スカートをひかめかせながらこちらに向かってくる。二人が駐車場の出入り口を通り抜けるのを見届けて、シフトをDに入れた。


…7時51分

運よく赤信号で止まった。サブバッグの中の、ほんのりまだ温かいクルミ入りのロールパンを取り出してかじった。香ばしいクルミが口の中で転がる。私はクルミを噛みしめながら、一口、また一口とロールパンを口に運んだ。ロールパンを食べ終わり、タンブラーのお茶をすすった。今日の朝食が終わると、信号が青に変わった。

前の車から、前の車から、少しずつ動き始めた。ロールパンをくるんでいたキッチンペーパーを丸めて、サブバッグに投げ込んだ。アクセルをゆっくりと踏み込み、私の車も長い車の列の一部となって進みだした。


…7時58分

右折専用レーンは少しばかり渋滞している。私の前には7、8台の車が右折の矢印を今か、今かと待ちわびている。この交差点を、7時59分台の右折矢印で曲がれば、この先の道が多少混んでいても焦ることはない。しかし、8時3分台の右折矢印が出るまでこの交差点に取り残されれば、時間に余裕がなくなってくる。私の車が曲がれるかは、五分五分だ。前の車たちがスムーズに右折してくれることを願う手に、グッと力が入る。カーナビから、天気予報が流れてくる。今日は、大陸から高気圧が張り出し、この地域はよく晴れるという。アナウンサーのご機嫌な声が車に響く。

信号が赤になり、右折矢印が出た。車が一台、一台、進んでいく。一台でも多く右折できるよう、車間距離を縮めながら右折していく。言葉を交わしたことのないドライバーたちの連係プレーだ。

それでは今日も良い一日で、アナウンサーが言うとと同時に右に曲がった。


…8時4分

左の歩道には、子どもがお母さんに手をひかれて歩いていた。少し先にはお父さんにおんぶしてもらう子どももいた。みんな、この先の保育園に向かっているのだ。保育園の前には、50代の男性がいつも立っている。背が低く、スポーティな服装で、険しい顔をして腕組みをしている。おそらくこの保育園を運営している園長なのだろう。今日も、保育園に似つかわしくないこの園長らしき男性を横目に見ながら車を進めた。

昨日と変わらない風景だ。いつも見かける白い高級セダンや赤いSUVは、私を先導してくれている。対向車線を見ると、大きなクマのぬいぐるみを助手席に乗せているかわいらしいクリーム色の軽自動車と、今日もすれ違った。名前も知らない人たちの日常。今日もみんな、いつもと変わらない。


…8時11分

大きな国道から、左の旧道へと入り、スピードを落として進んでいく。前から、いつものおじいさんがよく太った犬を連れて、のし、のしと向かってくる。私は、ほとんど止まっているのと同じぐらいのスピードで、おじいさんと犬を避けた。おじいさんも犬もまったく動じず、まるで私の車なんてないかのようにゆったりと、堂々と、歩いていく。

ルームミラーで、おじいさんたちの後ろ姿を確認し、駐車場へ向かった。


…8時12分

駐車場に到着した。同じように次々と車が駐車場に入り、車から降りた人が同じ方向に向かって歩いていく。しばらくエンジンを切らずに、カーナビから流れてくる音楽を聞いた。

たった一人の通勤時間が終わった。この車を降りると今日という一日がようやく始まる。この車を降りるまでが、私の大切なプライベートの空間なのだ。タンブラーに残っていた、冷めたお茶を一気にキュッと飲み込んだ。

音楽が終わったタイミングで、車のエンジンを切った。ブランケットをはぎ取り、一呼吸したあと、ドアハンドルに手をかけ、扉を開けた。車の中に、冷たい空気がブワッと入り込んでいく。

私は助手席からカバンを取り、車からゆっくりと降りたとき、おはようございます、と後ろから声をかけられた。隣の部署の後輩だ。

おはようございます、と返事をした私の声を聴いた彼は颯爽と歩いて行った。

彼の後ろ姿を見つめ、覚悟を決めて今日のスタートを受け入れる。

決して軽くはない足を一歩、また一歩と前に出し、職場へ向かう。

今日も一日、乗り切るために。









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