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音楽にご用心!NO MUSIC,NO LIFE !

認知症の母は今年87歳となりました。
父が去年の夏に他界してから、いっそう認知機能が低下しています。
今では娘の私のことも、分からなくなりました。

「私のこと分かる?」と質問をしたこともあります。
すると「分かるよ、身内でしょうな」って。
上手く交わされたと笑ってしまいますが、娘の名前は出てこないようです。

田舎の農家で、3兄弟の末っ子として私は育ちました。3世代で暮らし、母は家事・育児・農業と、毎日が目まぐるしく忙しかったことでしょう。
私には母のような真似はできないと、今でもつくづく思います。

母の人生は、それはそれは大変な人生でした。
同居した私の祖母は、子供や孫の私たちを、とても大切にしてくれました。
しかし、嫁の母には厳しかったのです。その上、父の浮気や酒癖の悪さ、遺産相続での父の兄弟との揉め事など、母はとんでもなく苦労の連続でした。

私が小学校3年生くらいの時、夜中に母と父の口論が聞こえてきました。
私が心配して駆け寄っていくと、母は「もう、この家でていこう」と、私に言ったのです。

突然のことに、私はただだただ「嫌だ」と、泣きながら叫んだことを覚えています。
当時のことを思い出しては、今でも私は悔やんでいます。
あの時、母と家を出ていれば、母がこんなに苦労しなくても済んだのにと。心の底から「母には本当に悪いことをした」と思っています。

子供の私には、母の心中・大人の事情がよく分かっていなかったのです。
母が大変なことは分かっていましたが、可愛がってくれる祖父母と離れたくないという思いがあったのです。

家族みんなでここで暮らしたいと、その時はそう切に願いました。
結局、母は私の抵抗に思いとどまり、いつもの暮らしが続きました。

現在の母は、兄夫婦と実家で同居しています。
そんな母は数年前から、認知症の兆候が表れてきました。親の顔を見に行くたびに、会話が昔の話を繰り返し、服装が乱れていたりしたのです。父も母が「おかしい」とぼやいていました。

そして、去年の夏に父が亡くなると、認知症は加速します。喧嘩ばかりの両親だったのに、母が楽になることはありませんでした。
とうとう母は、デイサービスに週5日通うことになります。

私にできることは、母がデイサービスの日以外に顔を見に行くことくらいです。瞬時に全てを忘れてしまう母とは、会話が長く続きません。
会話もかみ合わなくなってきて、少しでも母の気晴らしにと、ドライブに行くようになりました。

去年の夏の終わりのある日、車のラジオから、井上陽水さんの「少年時代」が流れてきました。「この曲いいよね」なんて、私は歌っていました。
すると、母も「私の心は夏模様~♪」と歌いだしたのです。

とても驚きました。
当時、テレビもラジオ放送も、母には興味がなくなっていたのです。
それなのに、次々とラジオから流れてくる曲を母は歌いました。

ちょうど歌いだした頃から、外は大雨で雷が鳴りだします。
だから、ラジオの音量を上げて、私も母と一緒に大声で歌いました。
意思疎通が図れなかった私達が、心が一つになれたようで本当に嬉しい瞬間でした。

それからは、母に事あるごとに音楽を聞かせるようにしました。
色んな曲をかけると、母は無条件反射のように曲に合わせて歌います。
演歌や童謡などが好みのようです。

色んなことを忘れてしまった母。
たくさんの辛い過去は全て忘れた方が、母には都合がいいのに違いません。
もはや頑張った母への、神様からの贈り物に思えてきます。

色々とそぎ落とされた母は、表情は乏しくなったものの、今では穏やかで可愛らしい母となりました。
この世に何の執着もない、そして、純真無垢な赤子のようです。
これが本来の母の姿なのでしょう。

私の大好きな高村光太郎さんの「あなたはだんだんきれいになる」
という詩を思い出します。中学生の時に、この詩を知りました。
妻が精神的な病気になってしまってもなお、こんなに妻への愛情を表現できるなんてと、子供ながらに凄く感銘を受けたことを覚えています。
これほどまでの愛の賛歌はないと思います。   

をんなが附属品をだんだん棄てると
どうしてこんなにきれいになるのか
年で洗はれたあなたのからだは 無辺際を飛ぶ天の金属。
見えも外聞もてんで歯のたたない
中身ばかりの清冽(せいれつ)な生きものが
生きて動いてさつさつと意欲する。
をんながをんなを取りもどすのは
かうした世紀の修業によるのか。
あなたが黙つて立つてゐると
まことに神の造りしものだ。
時時内心おどろくほど
あなたはだんだんきれいになる。

高村光太郎「智恵子抄」より


そして、これほどまでに、音楽の力を感じたことはありません。
母はイントロをきいただけで、曲が浮かんでくるのです。
母のインサイドヘッドは、どうなっているのでしょうか。

今の母にとっては、音楽がなければ、退屈な毎日でしかありません。
音楽が生きる最後の砦といっても過言ではありません。
タワーレコードさんの企業理念「NO MUSIC, NO LIFE」そのものです。
音楽は本当に素晴らしいのです!音楽の力を侮ってはいけません!

このような母の変化を、私の子供たちに伝えたことがあります。
すると子供たちは「えーそうなの!お母さんがもし認知症になったら、米米CLUBの曲かけてあげるね」と言われました。

私は米米CLUBが大好きだったのです。いえ、今でも好きですよ。
もし私が認知症になり、米米CLUBの曲をかけられてしまったときには、歌だけでなく、踊ってしまうかもしれません。
それって、ちょっと気恥ずかしくないですか?踊ってもいいか(笑)
無条件に反射してしまうのですから、音楽にご用心ですね!

そして最後に、付け加えるとするなら、
「NO MOTHER,NO LIFE」
母も私も色んな事があった人生だけど、母なしの人生は私にとっては生まれてきても何の意味もなかったも同然なんです。きっと…

「お母さんでいてくれて、本当にありがとうございます」と声を大にして言いたいです。















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