物対自分は愛に莫く 【散文】
「好きです、付き合ってください!」
この子からの告白は何回目だろう。覚えていない。
「ごめん。何度も言ってるけど君は好きになれない。」
「そう……ですか。」
長い髪、スカートがふわりと舞う。真っ直ぐと僕を見つめる。
「絶対振り向かせます!」
彼女は高らかに宣言するように言った。
「だから君には無理だって。特別がいるんだ。」
「前にも聞きました。どんな子ですか?とか、何組の子ですか?って聞いても答えてくれないじゃないですか!先輩のバカ!」
話しても良いのだろうか。この子なら受け止めてくれるんじゃないか。僕のこと。こんなにも好きと言ってくれているのに、フェアじゃないのかもしれない。
「今度、話すよ。」
「先輩!今時間ありますか?」
「あと帰るだけだし、何も用事はないよ。」
彼女の目がぎらつく。
「じゃあ今!今がいいです!」
この子は強い。自分とは大違い。
「本当に引かない?」
「はい!ペットのわんちゃんだろうが、キャバ嬢だろうが、超絶美形のホストだろうが、大丈夫です!先輩のこといっぱい知りたいんです!」
この子になら伝えてもいい。僕の特別な存在のことを。
「実は僕は自分の部屋の壁が好きなんだ。」
「なるほど。これは困りましたね。」
困らせてしまった。引かれてしまったか。ごめんと謝罪しようとした。
「私と先輩よりも一緒に長いこといますもんね。そりゃ私じゃ振られるわけです。」
「え?嫌いになるとかないのか?」
「いえ、寧ろより好きになりました。先輩無機物にも愛情注げる人なんですね!素敵です!」
絶対に嫌いになると思っていた。案外世界はちゃんと認めてくれる人がいるんだな。凍りついた世界だと思っていた。周りは人間に恋をしていて。知り合いの恋バナを聞いていても、相談を受けても、自分が壁に抱いている感情と酷似していた。この世界が狭すぎたのだと暗示をかける事しかできなかった。
「いつか会わせてください!先輩の好きな壁を!」
「会わせる分には構わないけど楽しくないかもよ。」
少しだけ頬が緩んだ。
「楽しみにしています!じゃあ帰りますね!またお話ししましょう!」
「うん」
手を振り背を向ける彼女。
「あの、ありがとう。」
「私の方こそありがとうございます!」
彼女は自室の壁に話しかける。
「君はどう思う?」
「好きだったな。」
「どうしたらいいと思う?」
答えは返ってこない。年上の彼はこんな感情だったのか。彼の年齢になったらこの感情はわかるのだろうか。大好きな存在と話せなくて。私とは違って寂しかっただろうな。額をくっつける。優しい木の香りにささやかな温もりを感じた。