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《連載小説》全身女優モエコ 上京編 第三話:思わぬ再会!
事務所の人間に罵倒された猪狩であったが彼はこのままモエコを見捨てる事など出来なかった。先ほどモエコに得体の知れないものを感じてから、彼女を今逃したら一生後悔することになると思いはじめたのだ。猪狩はもしかしたらこの少女はダイヤモンドの原石かも知れぬとも考えた。しかし不思議な話である。フリル付きの恐ろしく派手なドレスを着た明らかに頭のおかしい家出少女に対してこんな想像をするとは。しかし猪狩は自分でも恐ろしかった。事務所にさえ逆らってこんな見ず知らずの少女を連れて行こうと考えるとは。彼はこれはきっとモエコの強烈なオーラが自分にそう唆しているに違いないと考えた。ああ!すべてのスターというのはそのオーラで観客全てを幻惑するものだが、モエコはそのスターたちの中で一番最も強いオーラを放っていた。猪狩は迷いを振り切って彼女たちにこう伝えたのだった。
「心配ないさ。まぁ事務所の連中はおかんむりみたいだから今日はやめてとりあえず明日か明後日にまた相談するさ」
猪狩の言葉を聞いて二人は喜びはしゃいだ。彼は二人してはしゃいでいるモエコと真理子を見てふと思った。このどちらかといえば人見知りで、初めての人間とあまり会話しない真理子が、何故かモエコとはあっというまに意気投合して、まるで長年の友人みたいになっているのだ。一体真理子はこの少女のどこにそんなに惹かれたのだろうか。明らかにバックグラウンドも違う。本来なら関わりに合うことすらないだろうこの少女に彼女はどうしてここまで親密になるのか。そして一番不思議に思えたのは彼自身であった。さっきまであれほどこの少女を追い出したがっていたのに今では事務所に逆らってまで彼女を留めておこうとさえしている。このモエコとかいう少女は一体何者なのだろうか。ただの猛烈に勘違いした田舎の少女に過ぎない彼女に自分がどうしてここまで惹きつけられるのか。猪狩は無邪気にはしゃぐモエコを見てそんな事を考えていた。
散々ないないとモエコが騒いでいた切符だが、あっけないほどすぐに見つかった。モエコが猪狩たちと一緒に歩き出した瞬間ドレスの裾からヒラヒラと切符が落ちてきたのだ。それに気づいた真理子は早速拾って彼女に渡したのだが、モエコは渡された切符を見た途端、ああ!とこれまた大袈裟に喜んだ。これで駅から降りられるわ!ああ!東京がモエコを待っている!と叫び、真理子はそんなモエコの手をとってよかったわねぇ〜、と喜んでいた。猪狩は呆れ果てたが、しかしいまさら切符が見つかったからといってモエコとさよならをすることは出来なかった。
猪狩たち三人は駅を降りると早速ターミナルのタクシー乗り場へと向かったが、田舎者のモエコは駅の構内をキョロキョロ見渡してあちらこちらの土産物屋にいってそのたびに物欲しげな顔をして立ち止まって猪狩をジッと見るのでその度に何か買う羽目になった。モエコは抱えきれないほどの土産物の袋を持ちながら駅の構内を見渡して感嘆の叫びを上げるのだった。
「ああ!これが東京なのね!東京に行けば欲しいものは何でも手に入るって本当だったんだわ!だってモエコ今欲しいものを山ほど買ってもらったんだもの!」
タクシー乗り場に着くとそこに一台タクシーが止まっていたので早速三人はタクシーに乗った。猪狩は助手席に乗り、土産物とバッグを抱えたモエコと真理子は後部座席に乗った。モエコはタクシーの窓から見える東京の景色にいちいち感嘆の叫びをあげ、あのドラマで観た光景だわ!とかあそこでドラマの主人公とヒロインはキスしたのよとか田舎者丸出しの無邪気な反応を見せていた。
猪狩は真理子とモエコをどこに泊めるか相談した。しかし真理子はどうしましょうとか困ったわぁとかハッキリしない事を言うばかりであった。
そうして三人を乗せてタクシーは走り続けていたが、いつの間にか渋滞に巻き込まれて進まなくなってしまった。しかしそれは東京の景色にすっかり魅了されていたモエコには関係なかった。彼女は渋滞などどうでもよくただひたすら窓から見えるビルやデパートをただうっとりして眺めた。しかし突然モエコは大きな声を上げた。猪狩と真理子はその声に驚いて彼女を見た。モエコは指でビルの看板を指し示した。
「あ……あ、まさかこんなところで会えるなんて」
二人はモエコの差し示す方を見た。そこには近日公開と予告の打たれた神崎雄介の『火山に果てる』の看板があったのだ。モエコは看板を見るなり涙を流しながらロケで出会った神崎について語った。私と真理子はその話を聞いてハッとした。彼女が三日前に九州の某県の火山地帯で起こった大噴火の被害者である事がハッキリとわかったからである。さっき駅でモエコが話したことはまるっきり嘘ではなかったのだ。猪狩と真理子は顔を見合わせた。すると真理子が話を変えようとしてか看板の方を指さしてこう言った。
「ねえ、モエちゃん。神崎さんの映画の隣に看板あるでしょ?舞台の看板なんだけどわかる?」
モエコは真理子に促されて隣の看板を見た。そこにはなんとあの三日月エリカかニッコリと笑って写っており、その下には白抜きのエレガントなフォントでデカデカと主演者と舞台のタイトルが描かれていた。
『特別公演舞台:シンデレラ 主演:三日月エリカ』
モエコにとっては久しぶりに聞く名前であった。この三日月エリカも神崎雄介と同じくロケでやってきたのだが、その際にこの女はわがまま放題に喚き散らし、挙げ句の果てにモエコの愛する村の自然まで侮辱し始めたので、モエコは怒り狂ってこれが山の神の裁きだと三日月を思いっきり殴り飛ばしてやったのだ。それがあまりにもクリーンヒットしたので、モエコはそれからしばらく三日月の顔に後遺症がないか心配していたが、看板を見て心配が杞憂であることがわかってホッとした。看板の三日月はシンデレラのドレスを着てゴージャス極まりない舞台の背景をバックにニッコリと微笑んでいた。モエコはそれを見て小学校の頃のシンデレラの貧相な舞台を思い出して思わず顔を赤らめた。彼女は恥ずかしさと悔しさに悶え、自らの運命の不条理を呪った。ああ!本来ならシンデレラは私のような純粋で心清きものが演じるはずなのに、どうして神様はこの自然を冒涜するような性格の卑しい人間にシンデレラを演じさせるの?ああ!こんなことならもう一発ぶち込んで前歯を残らず折ってしまえばよかったんだわ!
モエコはそのままずっと看板を見つめていたが、そのモエコに向かって真理子が続けた。
「私ね、あの舞台に出るのよ。シンデレラのお姉さん役で」
真理子の言葉を聞いたモエコは目が飛び出そうなぐらい驚いた。実際一瞬両目が垂れてしまったほどである。彼女はしばらく口をパクパクさせて自分を落ち着かせようとしているようだった。そうしてしばらく幾分かは落ち着きを取り戻した彼女は真理子に向かって叫んだ。
「ええーっ!あなた女優だったのぉ!ウソよ!モエコ信じられない!」