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結婚から始まるラブストーリー
運の悪さは暦通りにやってくる。今年二十四歳の大厄年。そして今その厄の集中放火を浴びている。今年の初めに会社が突然倒産しての借金地獄。こんなんだったらローンなんか組まなきゃよかったなんて嘆いてももう遅い。それでお金のため、いい?ここ強調して!あくまでお金のために応募したキャバの面接もあって即五秒で不採用だった。それで仕方なしに始めた派遣。イヤイヤながらも頑張ったけど周りの男たちの頭の悪さと臭さにうんざりしてやめちゃった。
それでやっぱりまともなとこで働こうと、私は転職サイトで見つけた某有望株企業に応募して、今その企業の会場で面接を待っている。
二年ぶりの面接。大学の頃は半ば採用が決まっていたから余裕ぶっこいていたけど、今はそんな余裕なんてない。新鮮さなんてまるでない私。でもだれかがこんな私を拾ってくれるかな。面接は社長自らやるらしい。聞いたところによるとこの会社の社長は二十代だそうだ。三年前に会社を立ち上げて二年ぐらいで注目株の企業に育て上げたらしい。全くできる人はできるのよね。会社を立ち上げるってだけで大変そうなのに、それを成功させちゃうんだからとんでもない。
今日の面接はその社長が直々に行うらしい。会場の椅子には私と同じように中途採用の面接を受ける人が座っていた。年齢も様々だ。私と同じぐらいの人。もう少し年上の人。それにパパぐらいの人までいる。私はいぢわるぶりを発揮して合否の品定めを始めた。お前はギリギリ採用。お前はギリギリ不採用。お前なんかは即門前払い。さっさとビルから出て行って!だけどそんな楽しい空想も採用人数3人の現実を思い出してあっという間に崩れ去る。ああ!どうせ落ちるに決まってるんだよ!だからさっさと面接しろよ!そこのジジイなんてどうせ不採用なんだから面接なんてやっても無駄でしょ!
そんなこんなで無駄に苛立ってそのたんびにトイレでお色直してそうして震えて待っていたらやっと私のお呼び出しがかかった。呼び出した子は多分新卒の子だろう。ああ!二年前は私も彼女みたいに初々しかったのに!
震えながら時折自己アピールの文句を忘れそうになる私。社長を目の前にして頭真っ白になって言葉が丸ごと飛んだらどうしよう。ああ!ダメだダメだ!人生再復帰のチャンスを無駄にしつどうする!ドアをノックして呼び出しを待つ私。しばし間を置いて聞こえてきたどうぞの声。私は失礼しますと声を震わせながら入る。顔を上げたら手前にスーツの男性と女性が立っていて、その奥の机に今回の面接担当官の社長らしき人が座っている。「さぁ、どうぞ奥へ」と男性が腕を上げてわたしを社長の元に案内する。ああ、心臓はバクバク。社長のルックスなんて鑑定する余裕なんてない。私は案内された場所までロボットみたいに歩き、そして社長の前に立った。社長は一瞬チラリと私を見てそして手元の書類に目を落とす。その一瞬見た顔がなんか見覚えある顔なような気がして立ったまま考える。ひょっとして応募前にこの人の写真どっかで見た?いや、違う。そうかネットなんかでこの人のアカウント見たのかもしれない?いや、違う。もっと過去の記憶の隅にこびりつくように残っているような……
「どうぞ、座ってください」
社長に促されて慌てて座る私。でもやっぱり目の前の私と同い年ぐらいの男性の顔が気になってしょうがない。しばし見つめて私はイヤな記憶と共にこの男が何者か全て思い出した。ああ!あなたは私が中学の頃散々いぢめていた子じゃない!そういえばたしか取り寄せた会社の資料にちゃんと名前が書いてあったわ!吉岡健次郎って!とんでもない大ショック!ああ!昔の汚物みたいに捨てたい記憶が何年後かの復讐のために帰ってきた!
「あ……あなたひょっとして。吉岡君?」
「やっぱり沢木さんなんだ。写真の顔も経歴もそっくりだったからもしかしたらと思っていたんだど、やっぱりそうだったんだね」
地獄だった。ああ!コイツは散々いぢめてやったキモヲタのクズ。毎日チーズと牛乳机に置いて、二度と学校に来ないでって机にキモさ満開の似顔絵まで描いてやった。だけどあれは思春期に在りがちな過ち。あんなことはただの若気の至り。高校に入ってからはそんなおいたはやってないんだから。こっ恥ずかしい過去の記憶を呼び覚まされてもうおたふく風邪みたいに真っ赤っか。だけどどうしてコイツが社長なんかやってるの?あんなただのキモヲタだった奴が。ああ!厄年の締めくくりってまさかこれなの?こんなひどい仕打ちってあり?なんで私ばっかりこうなるのよ!
「い、今凄いビックリしているんだけど。今注目株でメディア各所で取り上げられてるって会社の社長が同級生だなんてさ……ホント久しぶり。なんだかすごくナツいよ」
だけどこいつは私の言葉に何の返答もせずに社長ですって顔に戻ってこう続けた。
「次が控えているので、挨拶はこの辺にして、面接を始めましょう。まずは今まで経歴をお話願いますか?」
ああ!こいつYouTubeなんかでよく見るスカっと系の動画みたいな事をするつもりだ。コイツはさっきもしかしたらなんて言ってたけど、そんな嘘に騙されるもんか!絶対履歴書に目を通した時から私だって知っていたはずだ。そしてやっと復讐の機会が訪れたってほくそ笑んでたはずだ。コイツはきっと成り上がったいぢめられっ子がかつてのいぢめっ子に立場が完全に逆転した事を知らしめようとするつもりだ。畜生!てめえ舐めてんじゃねえよ!男だったらともかく私は女なんだぞ!そんなことされたら泣くぞ!泣いてセクハラされたって訴えるぞ!でも生活のかかったヤバい状態でそんな事する勇気なんてひとかけらもない。結局私は屈辱に耐えながら今までの経歴を話したのだった。
「ほう、あなたも災難でしたね。あんな一流企業に就職したのに倒産してしまうんですから。世の中何が起こるかわかりませんね」
何が言いたいのよ!ざまあみろとでも言いたいわけ?あなた女の子を泣かして平気なの?そうか、こいつはただのキモヲタ。現実の女の子なんかどうでもいいと思っているに違いない!
「それで、それから半年以上あなたは何をしていたのですか?」
何をしていたかなんて職務経歴書に書いてるだろうが!なんて性格が悪いの?人が言いたくない事わざわざ言わせる気?
「しばらく派遣で生活していました……」
「その派遣でどんなお仕事についていたのですか?」
「事務のお仕事と、工場内作業と、それから……」
ここでもうダメだった。自分の惨めさに耐えられなくなった涙が出て来た。もう完敗よ。あなたの勝ちよ。よかったね復讐が果たせて。笑い話にでもすればいいよ。ネットかなんかで昔自分をいぢめていた同級生のバカな女が会社の面接に来たってさ。ああ!辛すぎだよ!24年生きてきてこんな惨めな思いをしたのは初めてよ!もう何もかも終わりだ!終わりなんだ!
その時彼が部屋にいた部下に手で合図して下がらせた。私は部屋から去っていく部下を見て不安になった。もしかしてこいつ……私を狙っているの。ああ!そういえば昔からこいつは私をジロジロ見ていた。多分自分の部屋で私をメインディッシュにしてスッキリしてるんじゃないかって考えてたけど、やっぱりそうなんだ!社長は緊急の用事があって面接出来なくなったと言って、残った連中はあいつらに別の部屋で面接させるって事?さっきこいつは手でそんな事を指示したに違いない。ふん、いくら何でもこっちにだってプライドがあるんだからね!いくらいぢめられっ子の復讐でもそれとこれとは別物でしょ!このクズ!今すぐ警察に通報してやる!奴は椅子から立ち上がってテーブルから私に近づいてきた。な、何よ!襲うくらいならせめて金額の交渉ぐらいしなさいよ!金額次第なら考えてもいいわよ!
「沢木さん、いや恵海さん僕は……」
名前で呼んだってやらせるもんか!お前みたいなキモヲタゼロが7桁以上出せなきゃ交渉には応じないんだから!
「あなたと結婚したい!」