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《連載小説》全身女優モエコ 芸能界編 第三十話:全裸の女優宣言!

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 それからしばらくしてモエコと猪狩の下にあのロマンポルノ野郎がやって来たのだった。ロマンポルノ野郎は来るなりモエコに向かって今日はテレビの限界を遥かに超えるロマンポルノ顔負けの強烈なベッドシーンをやると下卑た声で捲し立てた。コイツの話によるともう南狭一のファンを発狂させるぐらいの凄まじいものをやるそうだ。モエコはそれを聞いて引くどころか身を乗り出して監督の話を聞き入っていた。そのモエコの乗り気っぷりに流石の監督も動揺したのか言葉をつまらせた。確かに動揺するのもわかる。昨日の意気消沈ぶりからのこの変貌ぶりを見たら誰だって驚くだろう。監督は一通り撮影シーンの説明をした後あまりに前のめりのモエコに不安になったのか、最後に彼女に本当にいいのかと念を押すように尋ねた。モエコはそれに対してまっすぐ監督を見てやるわ!と答えた。

 撮影の準備は着々と進んでいた。今まで明かりがついていなかったセットがライトで照らし出された。これが今からモエコと南が裸でくんずほつれつになるラブホテルのベッドである。猪狩はケバケバしいピンクのそのベッドを見て先程のロマンポルノ野郎の言葉を思い出した。あのロマンポルノ野郎はさっきテレビの限界を遥かに超えるベッドシーンをやると言っていた。撮影は本日の最後の最後。ってことは取り終えるまでモエコを帰さないつもりか。猪狩はプロデューサーが鶴亀事務所で鶴亀に言った言葉を思い出した。『視聴率三位のおっぱい学園に抜かれそうやし……』『……こうなったらスキャンダルでもなんでもええ、とにかくもう一度ドラマ盛り上げたるわ!』クソったれ!お前らは視聴率のためならモエコのようなバカすぎるほど純粋な少女の裸まで売り物にするのか!そのプロデューサーはスタジオに姿を見せていない。きっと何かあったら全部現場に責任を押し付けるために隠れているのだ。

 現場に見物に来たキャスト達は出番を前にしたモエコを気遣ってか、彼女の元に近づかなかった。あの南さえ寄ってこなかった。勿論イモリのような顔で度々モエコをガン見していたが。だが一人だけ堂々と近寄ってきた人間がいた。そいつはスタジオの緊張を全てぶちこわすようなブリブリにかましたぶりっ子ボイスで「こんばんわぁ〜。皆さんお疲れ様で〜す!」とスタジオ中に聞こえるほどの声で高らかに挨拶したのだ。それはあの三日月エリカであった。ド派手な普段着を来た彼女は味噌臭いほどのブリブリの笑顔を浮かべてモエコの元に近寄ってきた。

「ねぇ、モエコちゃん。エリカがあげたクリームパイ食べてくれた?スウェーデン直産の美味しいお菓子なのよ。特にクリームが美味しくで。ちゃんと頬張って食べてくれた?エリカモエコちゃんがちゃんとベッドシーン演じられるようにあのクリームパイ用意したの。ねぇ食べたの?クリーム多めだからちょっと溢れて口元からこぼれちゃったかもしれないけど大丈夫?モエコちゃん教えてよ」

 しかしモエコは三日月の問いに答えない。彫像のように黙ったままだ。三日月はそのモエコに向かってさらに続ける。

「食べていないんだったらベッドシーン終わってからでもいいから食べてね。クリームパイ、本当に美味しいんだから。だけどモエコちゃん本当に偉いわ。だって昨日醜くて陰惨ないぢめを受けたのにこうやってちゃんときてくれるんだもの。エリカそんなモエコちゃんを尊敬……」

 三日月がここまで言った瞬間突然モエコは立ち上がった。私はモエコがとうとうブチ切れたかと恐れたが、モエコは唖然とするほど冷静に笑みを浮かべて三日月に言った。

「エリカ、差し入れありがとう。モエコ、あとで美味しくいただくわ」

 そのモエコの微笑みを見て三日月から一瞬にして笑顔が消えた。恐らく死地に向かわんとするようなモエコの姿を見て自分が一瞬にして滑稽な存在になってしまったのを悟ったからだ。モエコは真顔の三日月を置き去りにして何故かセットの方へと歩き出した。スタジオ中の視線がセットへと向かうバスローブ姿のモエコを無言で追った。一体彼女は何をしようとしているのか。猪狩はモエコを連れ戻そうとしたが、それに気づいたのかモエコは後ろを振り向いて目で猪狩を制止した。

「一体何を始めるつもりなんだ」誰かがこう呟いたその時であった。セットの前の一番明るいところまで来たモエコは、いきなりバスローブの紐に手をかけて、そのままバスローブを脱ぎ捨てしまったのである。その途端にスタジオからは歓声とも悲鳴ともつかぬ叫び声が鳴り響いた。

 そこには一糸まとわぬ姿のモエコがいた。彼女は今スタジオの中の人間に向かって全てを晒していた。白い肌に豊満な乳房を抱えてこの昭和のミロのヴィーナスは立っていた。モエコの裸体から溢れる汗はまるでプラチナ色に輝くダイヤモンドだった。彼女の股の間に野蛮に仄めく黒き草原は未だ誰にも刈り取られぬ未開の処女地だった。しかしこの田舎育ちのミロのヴィーナスはなんて野蛮なのだろうか。まったく無防備に裸体を晒しおってからに!モエコはそのまま彫像のように立っていたがしばらくするとたわわに胸を震わながら直立して腕を広げはじめた。そして深くお辞儀をすると顔を上げてスタジオの人間に向かって声を張り上げて力強く言ったのである。

「モエコは火山モエコとして、本物の女優になるためにここに来ました!今日はこの体で、全身全霊を込めて、杉本愛美ちゃんを演じ切りますのでよろしくお願いします!」

 スタジオから耳が破れそうなほどの拍手が鳴り響いた。監督以下撮影スタッフはモエコの裸の女優宣言に感激し、キャスト一同もまたモエコを褒め称えた。南狭一はアホみたいにえーっ!と喚きまくり、海老島権三郎も目を丸くして大した度胸だ!とモエコに喝采を送り、蟹谷新三はウットリしてプルプル震えながらモエコを見つめた。あの女優の三添薫もまたモエコの大胆極まる挨拶に静かに微笑んだ。しかし三日月だけは違った。彼女はモエコに向けられた拍手の嵐の中、憮然とした表情で思いっきり舌打するとそのまま駆け足で去ってしまった。

 猪狩はモエコがまだ裸でいるのに気づいて慌てて彼女の元に向かった。彼はは近くに落ちていたバスローブを拾い上げてすぐモエコに渡した。モエコは下僕のようにかしずく猪狩から微笑を浮かべてバスローブを受け取るとそれを靡かせてからゆっくりと羽織った。 


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