泣き顔にロング・グッドバイ
「いつまでも泣くなよベイビー。俺はもう行かなくちゃいけないんだ。お前のパパから報酬をもらったしな。じゃあいくぜ!」
私立探偵マークスはそう言うと泣いて縋り付くキャサリンを振り払ってゴドウィン家の屋敷から立ち去った。別れはいつも切ないものだ。だが、もう事件は終わったのだ。あの少女もじきに自分のことなど忘れるだろう。とにかくこれでロング・グッドバイ、長いお別れさ。マークスはソフト帽を目深に被り、コートの襟をたてて冬の冷たい風が吹く路地を足早に歩いていった。
それから十数年経った。マークスがマフィアから守り通したキャサリンは大人になり、今は家を出てロサンゼルスのマンションで暮らしていた。マークスが予言した通り、過去の事件のことはすっかり忘れて明るく元気に毎日を過ごしていた。だが彼女が帰宅中に住宅街を歩いていた時後ろに誰かの視線を感じて立ち止まった。そして勇気を出して振り返ったか、彼女はそこにコートの襟を立ててソフト帽を目深に被った男を見たのだった。彼女は男の格好を見た瞬間忘れていた過去の記憶が蘇ってくるのを感じた。たしかこの男は父に雇われて私のボディガードを務めていた私立探偵のマークスとか言う男だ。しかし何故彼が私を尾行しているのか。キャサリンはマークスに聞いた。
「あなた、私立探偵のマークスさんよね。なんで私をつけてるのまさかパパからの依頼で?」
マークスはソフト帽クイっと上げキャサリンを見つめていった。
「いえ、あなたのお父様とは全く関係ありません。実はあの事件以来あなたをずっとつけておりました。あなたに別れを告げて屋敷を出てからあなたへの想いは募る一方で、それから今日まであなたをずっと調査していたのです。あなたの好きな下着の色も知ってます。あなたがバスタブに一時間きっちり入ることも知っています。バスタブではいつも下の毛の処理をしてましたね。あなたが屋敷を出たと聞いて私は慌てましたが、すぐに調査して今の住所を突き止めました。キャサリン僕はあの時君につれなくしたことをずっと後悔してきたんだ。あの時に君を連れ去っていれば」
キャサリンはマークスに聞いた。
「あなた今何しているの?」
「あれから探偵業は廃業して、今はただのストーカーです」