唇
唇と聞いて卑猥な事を思い浮かべるのは別に異常なことではなかろう。確かにパブロフの犬のごとく唇という言葉を聞くたびに毎回発作的に反応してしまうのは異常であり明らかに変態であるが、しかし唇と聞いて時たま妙な事を想像してしまうのは健康的な男性として致し方がないものだ。特にコロナ禍のこのご時世では女性はその卑猥な唇どころか、彼女たちが普段飲食をしたり、会話をしたりする唇さえ滅多に見せてくれなくなってしまっている。これは男性にとってなかなか辛いものがある。例えば男性であるあなたがある女性が気になったとしよう。そうしたらあなたは女性のどこを見るだろうか。まずプロポーションか。気になる女性の全体をまず把握するのには重要かもしれない。その次は胸から尻にかけての凹凸か。あなたは女性の凹凸を眺めながらあらぬ想像をするのだろうか。まぁ、男女関係は体から始まるという考えもあるからそれでもいいかもしれない。だが一番大事なのは結局のところ顔ではないか。女性がどんな顔をしているかがわからなければ誘いようがないではないか。さて質問だがあなたは女性の顔だったらどこをみるだろうか。まず輪郭を見て、それから鼻を見て、次に目だ。そして最後に唇ではないだろうか。ああ!唇こそ女性というものを決定づけるものだ。濡れた唇、半開きの唇、怪しく光る唇、女性の唇に関していろんな小説家があふれるほど書いている。しかしコロナ禍のこのご時世ではその唇が見れなくなってしまっている。
さて長々と前置きを書いたが、私が今回書きたいのは今の御時世で女性の唇をどうやって見ることができるかについてだ。近頃は職場でも外出先でも女性が唇を晒すことは極めて稀となってしまった。
職場の女性など昼食でもマスク飲食なるものをはじめ、会話さえマスク越しでしかしなくなったのだ。女性同士でそうなら男性との会話は完全にマスク必須だ。潔癖なとある女性などは好意を抱いていない男に死んでも唇なんか見せてたまるか、見せたらコロナどころか変な病気まで伝染されるかもしれないと言っていた。もはや女性の唇を堂々と見れる男はその女性と親しい関係を持つ男のみになってしまった。
もうこうなってくると我々男性は唇でさえ欲情処理をしかねないほどになってしまった。ああ!彼女の唇はどうなっているのか。ああ!みたい!そんなマスクなんかで隠さないで早く僕に見せなよ!君の唇ヌードが見たいんだよ!しかしそうやって一人で果てても彼女たちが唇を見せてくれるわけではない。彼女たちは私達男性を見るとマスクをキュッと上げ唇を必死にガードしてしまう。彼女たちの唇は近い将来我々男性の中でバストや女性器のような重みを増していくに違いない。女性のテレビタレントはこぞってマスクで唇を隠し始め、ドラマや映画では女性の唇を露出させるのは道徳的に相応しくないとマスクの強制を始めるだろう。唇を露出していいのは18禁映画だけだ。幸いな事に現時点ではそうなってはいないが、しかしそれでも女性の唇をみれるのは極めて稀になってしまった。
そんな事を果てしなく考えていたある日、私はいつものように社内の食堂で昼食を食べろうとした。しかし席が混んでいたので、職場のいわゆるお局様の隣の席しか空いていなかったのでそこで昼食を取ることにした。勿論彼女とはソーシャルディスタンスの関係で一席空けている。彼女は怒りっぽいタイプでよく私もガミガミ怒鳴られていたが、こうして近くで彼女を眺めていてルックスは案外悪くはないと思った。スタイルはよく目は切長で鼻も高かった。そうして私たちは昼食を食べたのだが、その時偶然私は彼女の唇^を見てしまったのだ。何と官能的な瞬間であっただろう。ウィンナーを齧る葉を剥き出しにしたかの唇。黒光するウィンナーを頬張る口紅で塗られた赤紫に光る唇。それ見た瞬間自分でも驚くぐらいの反応があった。何と私の下半身が果てしなく起立してしまったのである。もう教室の隅っこで立ってなさいと叱られたら一日中立っていそうにまでなってしまった。それから私は自分の状態をお局様に気取られないように取り繕うのに大変だった。その私を彼女はチラチラ見てしばらくすると素早くマスクをつけて席を立って去った。
こんなババア、いや失礼。妙齢の女性の唇をみただけでここまで興奮するとは思わなかった。自分はそれほど女性の唇に飢えていたのか。コロナ以前毎日女性の唇を見ていた時は当たり前だがこんなことは起こらなかった。もしかしたらコロナは男性の性欲に禁断の扉を開いてしまったのかもしれない。コロナは我々男性に女性の唇を見れることの奇跡を教えてくれたのだ。ああ!毎日唇が見れる事を奇跡と気づかずにやれアイツは出っ歯だ。たらこ唇だ。唇が割れてるとか、バカにしていた自分が愚かしい。その夜悶々として眠れなかった私は昼間のお局様の官能的な唇を思い浮かべて何回も猛り狂う自分を慰めた。
お局様の唇を見ただけでこんなになってしまうんだから若い娘ならもっと凄いことになるだろう。私はそう考えて昼食になるとまっすぐ若くて美人な娘の唇を求めて彼女たちの席の隣に座った。ああ!友達同士でだから二人、あるいはそれ以上の女性の唇が見れる。私はエビフライを頬張る彼女たちを猛烈にガン見した。友達同士だからつい気を許してマスクを外して会話をしてしまう。その時が私のチャンスだ。しかも人数が増え四人になった。四人の若き女性がリズミカルに唇を震わせて開いたり閉じたりする。ああ!濡れている!四人は死だ。この恍惚の中で死ねたらどんなにいいことかと夢の世界で妄想していたら誰かに肩を叩かれた。私がハッとして目覚めると食堂にオフィスの連中が立っており、課長がそばにいた。どうやら課長が私の肩を叩いたようだ。その隣にさっき私がガン見していた女性たちがいて課長に向かってこう訴えていた。
「このおじさんマジでキモいんですけど。人の顔見て口パクパクさせて小さいもの丸出しにしてるの。ウチらが喋ってるそばからああ!とか絶叫して。このおじさん早くクビにしてよ!」
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