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カメレオン俳優

 雨が降ったらもっと惨めであろうシュチュエーションで今私は彼を見下ろしている。数年前私はこの役者崩れの男に騙されかなりの大金を貢いでいた。役者といっても役者かどうかなんてわからなかった。当時の私はこの男に我を忘れるほど夢中になって彼の言う事を信じ切っていた。俺自作の映画で主演と監督をやるんだ。そのために仲間とか業界関係者に金を借りまくっているけど、まだ全然なんだ。このままじゃクランクインは迎えられないよ。なんとかしなきゃいけないのはわかってるんだけどさ。

 嘘ばかり!この大嘘つき!私がどれだけあなたに金を出したと思っているの?あなたの夢のために、あなたが作りたかった映画のために。その映画の撮影に私も呼ぶっていったじゃない。落ち切ってホールレスになった男を見ていたら感情が昂ってきて冷静じゃいられなくなった。本当だったらひたすら見下してざまあみろって軽蔑さえ隠して澄ました顔で冷笑でもして声もかけずさよならすべきなのに。なのに彼のレベルまで下って恨み言を投げつけてやりたくなる。馬鹿げている。私って本当にバカだ。だけど、そうでもしなきゃ私の彼に対する想いと恨みは晴らせない。

「随分惨めになったものね!俺はカメレオン俳優なんだってあれほど自慢気に言っていたのにさ。確かにあなたは少しは役者の才能あったよ。だけど残念ながらそれは俳優じゃなくて詐欺師の才能だった!一時でも私にあなたの大ボラを本気で信じさせることが出来たんだから!でもあなたはその詐欺師としての演技力もなくなったみたいね!あなたは恐らくいろんな役を演じていろんな女を騙してきたんでしょう。だけどもうその演技力もなくなったみたいね!今私の前で地べたに座り込んで道ゆく人からお金を恵んでもらおうとしているあなた。それが本当の、嘘偽りもないあなたなの?ああ!幻滅したわ!私を騙しまくった詐欺師の成れの果てがこれじゃ!」

「……君から借りたお金は返そうとしたんだ。だけど君は騙されたって怒って逃げて……」

「この後に及んでよくもまぁいけしゃあしゃあと下手な言い訳ができるわね!ちょっとくまらい反省していたら、私だって少しはマシな気分になったのに!じゃあ返しなさいよ!あなたに貸してあげた二百万きっちり利子揃えて今すぐ出しなさいよ!」

 もう耐えられなくて涙が溢れてきた。怒りと悔しさと、そして未だ燻っている彼への愛情のせいで私は恥も外聞も振り乱して彼に叫んでいた。

「悪い……今は時間に余裕がないから出せない。でも後でちゃんと払うよ」

 なんて情けない人だろう!どうして素直に今払えるお金は持っていません。今までずっと騙していてごめんなさいって素直に謝れないのよ!きっとこの人は今の落ちぶれた自分から逃げているのよ!まさかあなた自分まで騙し続けるの?今の自分の惨めさから目を背けてまだ嘘偽りの自分を演じ続けるつもりなの?バカバカしいもうやめなさいよ!今のあなたはカメレオン役者でも詐欺師でもなくただのホームレスなのよ!

「いくらなんでもあなたがこんなに惨めで愚かな人になっているとは思わなかった!これでさよならよ!もうあなたなんかと顔を合わせることはないでしょう!はい、さよなら!これからどうやって暮らしていくかずっとそこで考えることね!」

 私はこのただのホームレス野郎に言い放ってやった。これでさようなら。もう未練なんてないわ。アンタとの過去はその汚い地べたに捨てておくから好きなようにすればいいわ!と私がホームレス野郎から立ち去ろうとした時、突然知らない女に方を叩かれた。私はなによと女をキッと睨みつけたら女は怒り顔で私にこう言ってきた。

「あのどこの誰かさんか知らないけど、彼に訳のわからないこと言うのやめてくれない?ハッキリ言ってアンタ邪魔なの!」

 訳のわからないこと?訳かわからないのはお前だろ!なによいきなりしゃしゃり出てきて!アンタはこいつのなんなのよ!と思ったところで私はふと気づいた。ああ!この詐欺師こんなに落ちぶれても俳優ごっこがやめられないわけ?それで私の次の獲物のこの馬鹿面した女を引っ掛けたんだ!ああ!このろくでなし!アンポンカス!畜生!捨てようとしたはずのこのホームレス野郎に未練まで湧いてくる!いくらなんでもこんな馬鹿面女と付き合うなんて許せない!やっぱりあなたは私のもの!私が支えてあげなくちゃダメなのよ!私は馬鹿面女に思いっきりガン飛ばして言ってやった。

「邪魔だぁ?邪魔なのはお前だろうが!この人は私の男なのよ!私はこの人がカメレオン俳優として有名になるまでずっと支えていくんだから!さぁ出ていきなさいよ!私たちの世界にはあなたなんていらないのよ!」

 言ってやった。ざまあみろ!さっき酷いことばかり言ってごめんね。と私は涙ながらに彼を抱きしめた。彼は驚いた顔で私を見て、しばらくしてからこう言った。

「あの……これ、なんかのドッキリ?レポーターはどこにいるんだよ」

 ドッキリ?まさかアンタホームレスにまで落ちぶれて頭おかしくなったの?いや、きっとそこのバカ女が彼をおかしくしたに違いない!もしかしたらバカ女、彼にいけないクスリをのませているのかも、ああ!そうだわ!彼はこのバカ女にクスリを飲まされたのが原因でホームレスにまで落ちたんだわ!許せない!許せない!この女から彼を取り返して私が全力で彼を更生させなきゃ!

「ドッキリじゃないよ!これは全部100%リアルなの!いつまで妄想に浸ってるわけ?いい加減に現実に目覚めてよ!」

「バカヤロウ!おいスタッフ!いい加減にこのしょーもないドッキリやめんと俺もう帰るぞ!」

「バカ!いつまでもそんな幻想に浸ってるんじゃないの!」

 バシッと平手打ちしてやった。マハトマ・ガンジーを信奉する非暴力主義者なら決してしてはいけないこと。でもこれはあくまで彼を目覚めさせるため。私は気を失った彼の手を強引に掴んでそのまま歩き出した。だけどその私の前にさっきのバカ女とどっかから湧いてきた四十にもなるのにパーカーきたオヤジたちが現れたの。バカ女と四十にもなるのにパーカーきたオヤジたちは声を揃えて私を怒鳴りつけた。

「このバカヤロウ!ドラマの大事な主演俳優になんて事してくれたんだ!お前この俳優が誰だかわかってんのか?この人はカメレオン俳優って言われている亀田礼央だぞ!ああ!どうしてくれるんだ!どうやって責任取るんだ!」

 思いっきり怒鳴られて私はハッとしてボコしたばかりの男をよ〜く見た。したら昔の男とまるで違う男じゃないか。しかも私はこの亀田礼央のドラマを毎回観ていたのだ。それでもしかしたらとバカ女の方も見たらなんとヒロイン役者の子だった。ああ!なんてことだ!私はドラマを観ているうちに自分の昔の男と会った出来事を無意識に重ねすぎてしまったのだ。それもこれも全てこのカメレオン俳優亀田礼央の演技が上手すぎるせい。全部こいつが悪いのよ!

「このバカ!私がこんな人違いをしたのは全部アンタ自身のせいよ!責めるんだったら私じゃなくて自分のリアル過ぎる演技力を責めなさいよ!」

 私はそうカメレオン俳優に吐き捨てて踵を返してクールに去った。まるで女優のように。




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