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ラストGiG's

 V系バンドBARABARAはバンド名通り本当にバラバラになりかけていた。音楽業界では皆密かにBARABARAを散ったバラだと言って近いうちに解散すると噂し合っていた。しかしバンドの実情はそんな噂さえかすむほど程酷いものだったのだ。

 ボーカルのキヨシとギターのヒロキは結成当初こそそれなりにうまくやっていたが、バンドがビッグになったあたりから相手がウザくなり出会って五秒で乱闘の絡み合いという状態になってしまった。だがそれでも本人同士だけの話ならまだマシだったのだが、この二人、なんとそれぞれの手下を従えて抗争までおっぱじめてしまったのだ。ボーカルのキヨシは完全にローディ扱いしていたドラムのサトルに指示して親衛隊のバカ女どもを差し向けてヒロキをハニートラップでハメようとした。ヒロキもハニートラップに見事引っかかりうん百万取られたりしたものの、彼も負けてはおらず子分扱いしていたベースのカズヤに指示し自分のファンであったヤンキーをどもを使ってキヨシを襲わせた。BARABARAの二人のカリスマであるボーカルとギターのこの果てしなき抗争はヒートにヒートを重ね、もういつ殺傷沙汰になってもおかしくない状況にまでなっていた。

 このV系唯一の生き残りバンドであるBARABARAは大手芸能プロダクションに所属しそのせいもあってテレビでも引っ張りだこの人気バンドであった。V系がとっくにすたれた今でも東京ドームを軽く埋めるBARABARAは長年の不況にあえぐロック業界にとって忠実に金を落としてくれる信者を抱えた安定した稼ぎ頭であった。だから彼らはヒロキとキヨシの抗争を知った時二人を説得して和解させようとしたが、すぐにそれは山口組の抗争を解決するより遥かに難しい問題であることに気づき、触らぬ神に祟りなしと今の今まで完全に放っ散らかしていたのだった。

 二人の抗争は所属事務所どころか芸能界全体を巻き込むほどの大騒動となり、もはや確実に命の一つや二つは軽く飛ぶだろうと思われた。しかしこの抗争いを止めたのは意外にも当事者であるヒロキとキヨシだった。それぞれ終結の意志を持って事務所で会った二人はどちらともなく抗争の終結を切り出した。こんな不毛な抗争はもう終わり、俺たちはもう別々の道を行こう。バンドはもう解散だ。

 こうしてBARABARAは解散することになり、関係者みんなとりあえず最悪の事態だけは避けられたとほっと肩をなでおろしたのだった。たしかに解散は痛いが、しかし事件が起きては元も子もないし、それにキヨシもヒロキもそれぞれ一人でやっていける才能があるのでもしかしたら利益は一から二になるかもしれない。そうなったら儲け物だと能天気なことさえ考えたのである。

 解散はそれから数日後に新聞一面で発表され、そこには解散発表の記者会見の日にちまで書かれていた。その記者会見の日、会場に現れたBARABARAのメンバーは神妙な顔をして意外なほど素直に記者の質問に答えた。

「え〜っ、ボーカルのキヨシです。ご質問の通り確かに俺たちは仲が悪いです。でもそれはあくまで自分の音楽を突き詰めることから突然出てくる衝突で、別にガキみたいな喧嘩をしてるわけじゃありません。だって当たり前でしょ?俺らのやってる事は娯楽じゃなくてアートなんですから」

「ギターのヒロキです。キヨシが言ったように確かに俺たちは音楽でアートをやってるんですよ。俺とキヨシの関係はこんな例えば身の程知らずと思われるかもしれないけどゴッホとゴーギャンみたいなものでこれ以上一緒にいたら間違いなくどっちかが死んでいるだろうってもんなんです。それぐらい俺もキヨシも音楽に命かけてるんですよ」

 この解散発表記者会見は記者たちの大拍手と共に終わった。続いて二人は解散ライブの会場が東京ドームであることを発表し、自分たちの解散ライブを俺たちのラストGiG'sだと言ってライブに対する並々ならぬ決意を語った。この犬猿の中の二人はなんと最後に涙を浮かべながら握手をして互いに解散ライブを頑張ろうなと励まし合ったりした。これを見て業界関係者は勿論、ファンも安心した。最後の最後でバンドのカリスマである二人はやっと和解してくれた。バンドが解散するのは残念だが東京ドームという最高の晴れ舞台で有終の美を飾って終われるのならそれを見守るしかない。皆それぞれの想いをもってBARABARAのラストGiG'sの成功を祈ったのだった。

 しかしその皆の期待を裏切る事態が起こってしまった。それはラストライブのために久しぶりに行ったリハーサルでのことである。キヨシとヒロキはそれぞれ自分たちの手下を連れてスタジオ入りしたが、コイツらがそれぞれ勝手に仕切り始めたのである。ボーカルのキヨシはヒロキとその子分のカズヤに向かって俺の美声にそんな歪んだきたねえギターじゃなくて美メロを弾けと詰り、対してヒロキはキヨシに向かってそんなペラッペラの声じゃなくて腹から歌えねえのかと罵倒した。二人は改めて相手を殺したいほど憎んでいることを確信した。こんな奴を解散ライブで調子に乗らせたら俺の男が立たない。二人は共にそう思い解散ライブまでに相手を潰すために策謀を練った。

 キヨシとヒロキはメディア向けの公開リハーサルではともに演奏し時に笑顔さえ交えてやり取りをしていたが、それはあくまでマスコミ向けの演技だった。二人は思いのこもり過ぎた握手を、特にキヨシはヒロキの利き手を潰さんと思いっきりその手を握りしめながら、相手を睨みつけ、互いに東京ドームのラストGiG's貴様の死に場所だとガンをつけまくったのであった。

 不穏すぎる状態で始まったドームのラストGiG'sは開始早々事件が起きた。まず、ボーカルのキヨシのマイクの電源が落ちてマイクが完全に使えなくなったのである。これはヒロキの策謀であった。ヒロキは自分の一派のローディにマイクの電源を切るよう指示したのである。ああ!マイクのないキヨシはフロントマンとして失格であった。キヨシの地声は蚊ほどにもか細過ぎてとてもマイクなしじゃ聴かせられるものではなかったのだ。

 キヨシはこれは全てヒロキが仕組んだものだという事にすぐに気づいた。彼は思いっきりヒロキを睨みつけたが、ヒロキのやつはそのキヨシに向かってにこやかに俺がお前の為に場をつなげてやるぜ!と叫んで上機嫌でソロなんか弾き始めた。ああ!このクソ野郎!オートチューンのチューニング入らず、演奏即時修正のギター使ってるからって調子に乗りやがって!キヨシはライブのスタッフの女の子に目配せしてヒロキの方に首を向けた。ざまあ糞漬け!今度はお前が恥を掻く番だ!とキヨシはか細い掠れ声で懸命に歌いながらこう考えた。ヒロキは調子に乗ってとうとうセンターのキヨシの前に立ってイカしたビジュアライズされた美メロを華麗に弾き倒した。これはもうキヨシへの死刑執行だった。ヒロキは厚化粧のテカリ狂った顔でキヨシの前で陶酔の表情をした。これでお前との腐れ縁も終わり。元々事務所に言われてお前と仕方なしにバンド組んだけど、いただくもんはたっぷり貰ったぜ。さらばキヨシ、これでお前は終わりだ!

 とヒロキはビジュアライズの極みのきめのフレーズを弾こうとしたのだが、その寸前にヒロキのギターの電源も落ちてしまったのだ。ああ!ヒロキは実はギターがとんでもなく下手でアルペジオさえ全く弾けなかった。ヒロキがギターで唯一出来たのはピックで弦を弾く事だけだった。ヒロキはでかい音を出そうと思いっきりギターを弾いたが、出てきたのはキヨシのボーカルと同じく蚊の鳴くようなショボい音だった。日本最高のV系バンドの最期の晴れ舞台はこの歌とギターの二匹の蚊のど下手くそな弾き語りショーと化してしまったのだ。キヨシもヒロキもこの予想だにしなかった事態に呆然としてしまった。憎っくき相手を羞恥の底に沈めて自分だけが喝采とフラッシュを一杯に浴び尽くすはずだったのに。メイクしまくりの派手すぎる服を着飾った二匹の蚊は立っている場所から一歩も動く事ができず、ひたすら蚊のような歌とギターで曲をやるだけだった。バックからは道端の流しのような貧乏くさいボーカルとギターと不釣り合いに太くででかいベースとドラムの音が虚しく響いた。もう客席は完全に静まり返っていた。キヨシとヒロキが演奏出来なくなった時、客たちは頑張れとか声を張り上げたが、このあまりの体たらくをみて声をかけるどころか、演奏中にも関わらず自席に座ってポテチなんか食べ始めた。すっかり呆れ果てた客の一部はもう帰り始めていた。このままだったら間違いなくライブは大失敗。明日のテレビ番組も特集をためらう事態だった。そんな中ステージの中央の蚊二匹は歌てギターで必死こいて鳴き声を出していた。もうひたすら哀れであった。しかしそんな二匹を神が憐れんだのか。突然CDと寸分違わぬBARABARAの美曲が流れ出したのだった。それを聴いた二匹の蚊は蛹の殻を破って蝶になるように再びBARABARAのキヨシとヒロキとして蘇ったのである。ボーカルのキヨシはひたすら無関心の客に向かって「お前たちの祈りが俺たちを復活させてくれた」と叫び、ギターのヒロキもそれに呼応して会場に流れる美曲に合わせてギターを掻きむしったのだった。キヨシとヒロキはそれぞれ電源の落ち切ったマイクとギターで懸命にパフォーマンスした。そうしてとにかく自分たちだけはなんとか盛り上げて誰も望んでないのに三度もアンコールをやってライブを終えたのであった。

 ラストGiG'sと銘打った解散ライブの出来の悪さは本人たちが痛いほど自覚していた。キヨシとヒロキはライブを大失敗に追いやったのは自分たちの意地の張り合いのせいだと反省した。二人はこれで自分たちのV系アーチストとしてのキャリアが終わったらどうしようと泣きたくなった。もしかしたら今年は格付けランキングに呼んでもらえないかもと不安になって震えた。そんな二人に対して事務所の社長はこう言った。

「確かに前代未聞の酷いライブだったけど、お前たちには将来がある。二人ともミュージシャンにしておくには勿体無いぐらいの才能がある。安心しろ。お前たちの将来をこんなとこで終わらせたりしない」


 翌日、朝のワイドショーは一斉に昨夜行われたBARABARAの解散ライブを取り上げた。その特集ではまずどっからどう見てもサクラだろっていう女ファンが号泣しながらライブの感想を語りまくり、そしてライブを観に行ったという芸能人や政財界の大物がこぞって登場してBARABARAを褒めちぎった。それが終わると今度は解散ライブ『ラストGiG's』の映像に続き、どう観ても被せだろうという歓声を乗っけて「解散ライブ中に突然マイクとギターの電源が落ちた。だけどメンバーは一丸となってそのトラブルを感動的なアカペラで乗り越えた。すると奇跡が起こった。マイクとギターの電源が奇跡的に繋がり、完全に復活したBARABARAは彼ららしい完璧過ぎる演奏でラストまで疾走したのだ」というテロップを流した。ボーカルのキヨシは大盛り上がりの客に向かって「お前たちの祈りが俺たちを復活させてくれた」と叫んだ。それに客たちはドーム全体が轟くほどの絶叫で応えた。ステージと客は完全にヒートアップし、アンコールの最後には解散しないでぇ〜と客全体が号泣しまくった。このワイドショーの実際のそれと似ても似つかないライブ映像にワイドショーのコメンテーター「凄いですね、まさにカリスマバンドの終幕にふさわしい歴史的なライブですね」と感極まって発言した。

 このワイドショーを観た実際のラストGiG'sを観た観客は唖然としてこう叫んだ。

「いくらなんでも無理矢理すぎるだろ!お前らどんだけ捏造すんだよ!」



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