バンド解散
楽屋は重苦しい空気が立ち込めていた。人数分の紙カップのコーヒーだけが置かれた折りたたみテーブルを囲んで座っている男たちは先程から口も聞かずずっと押し黙っていた。彼らはベテランロックバンドチェリーボウイのメンバーである。実力派バンドとして特筆すべき曲はひとっつもないものの音楽メディアにはその堅実な活動ぶりが気に入られツアーでもフェスでもそれなりに注目されているバンドであった。
本日は全国ツアーのラストライブであった。ライブはそれなりに盛り上がり三度に渡るアンコールのMCで「また来年も会おう!」と言ってツアーを締めたのにこの有様はなんであろうか。メンバーの後ろに立っていたマネージャー兼社長の森はいつまで経っても口を開かないメンバーに声をかけた。
「おいどうしたんだよ!なんでみんな押し黙ってるんだよ!今日のライブはツアーの締めに相応しい見事なライブだったじゃねえか!なんでみんな盛り上がんねえんだよ!いつもだったら乱痴気騒ぎだろうが!」
このマネージャーの言葉を聞いてギターの木村が大きなため息をついた。
「あのさ、ライブの前にコイツらと決めたんだけど俺たちもう解散しようと思うんだ。解散ライブはやらない。今日のライブで俺たちチェリーボウイはすべて終わったんだ」
ボーカルの中井もベースの香取もドラムの稲垣も頷いた。森は彼らの顔から解散の決意は固いことを感じ取った。だが、彼は解散には納得がいかなかった。
「何言ってんだよお前ら!俺たちは高校時代から二十年以上やってきたんだぜ!俺はお前らと違って楽器もろくに弾けないから裏方に回ったけど、それでも俺はチェリーボウイのメンバーだと思っていたんだ!元の事務所から独立した時俺たち誓ったじゃないか!このバンドはもう俺たちの人生と一心同体だ。ずっとバンドを続けようぜって!せめて理由ぐらい聞かせろよ!くだらない理由だったら全員ぶっ飛ばしてやるぜ!」
森の悲痛な叫びを聞いてメンバーは憐みの顔を浮かべた。今度はボーカルの中井が口を開いた。
「別に理由なんかねえよ。ただうざくなったんだよ」
「うざい?何がうざいんだよ!ハッキリ言えよ!」
「最近、お前遊園地のライブの仕事もってきたよな?あれやって俺たちってこんなもんかって思ったんだよ。あのライブ特撮とかアニソンとかのカバーばかりで結局俺たちの曲一つもやらなかったじゃん。子供とババアの客は盛り上がったけど、別に誰が演奏してよかったって感じだった。いつの間にか世間にとっちゃ俺たちなんかどうでもいい存在になってたんだよ」
「何がどうでもいい存在だよ!俺があの仕事を持ってきたのはお間たちに目を開いてもらうためだよ!ロックばかりやってちゃどうしても視野が狭くなる。そしたら行き詰るのは目に見えているだろ?それにあのライブに来ていた子供達やそのお母さんにチェリーボウイという存在がきっと刻まれたはずだ。今は過度期なんだよ。新しいチェリーボウイに変わるための準備期間なんだよ!だからそのために俺はお前らにロック以外の仕事を積極的に持ってきてるんだよ!」
森と中井の会話を聞いていた木村は二人の会話の中に割って入った。
「じゃあ、俺単独で行ったパチンコのイベントもそうなのか?俺演奏すらしなかったぞ」
それを聞いて香取も稲垣も自分たちが何故かお笑いイベントの仕事で漫才をやらされたことを話した。
「いや、それはさっきも言ったようにロックファン以外にお前らの名をアピールするためじゃないか!この業界を生きぬくためにはもうロックにこだわってたらダメなんだよ!」
この森の必死の形相の弁明を聞いてメンバーは本心からの憐れみの表情を浮かべて一斉にこう言った。
「で、お前一体いくらちょろまかしてるんだ。俺たち給料三か月ぐらい支払われてねえんだけど……。お前俺たちの給料どこにやったんだ?」
「だから何度も言ってるだろ!俺たちは過度期なんだよ!今いろんなことが変わってる!もう給料がどうたらこうたら言っている暇はねえんだよ!」
「だから俺たちの給料どこにやったんだよ!さっさと出せよ!この横領野郎め!」
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