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妊娠…誕生! その3

 ダメよ!何があっても風呂場を覗いちゃダメ!私は女……死ぬ時まで女なの!だから、ベイビーの声が聞こえるまでここでじっとしていてね。あなたさようなら。あなたとベイビーは私の父と母が守ってくれる。だから心配しないで…。じゃあ行くね。今からあなた似の逞しいベイビー産みに行くからね。

 それだけを彼に伝えると私はベットから床に降りると、這いずりながら風呂場へ向かった。さようならダーリン……。ああ、あなた……。男に裏切られて絶望して、公園を彷徨っていた私……そんな私を後ろから襲ってきたのは愛しい人、毛だらけで全身真っ黒なあなただった。孤独な二人がこうして出会ったのよ!あの初めての夜は忘れないわ!この人の子供を妊娠した夜だもの!いつまでも不器用なあなた、そんなあなたが人種差別主義者だらけのこの街に絶望して、失踪した時、私はあなたの事をどんなに深く愛していたか、痛い程わかったの!でも!でもあなたは私の事を忘れてなかった。ちゃんとこうして帰って来てくれた!そしてあの時のように激しく愛してくれた!

 ああ…ありがとう。私あなたの子供を生みます。……ダーリンと過ごした日々が走馬燈のように駆け巡る。私は全身の痛みをこらえながら必死に肘を床に当てて、ベイビーの入ったお腹を引きずる。ああっ!歯を食いしばる!痛い!ダーリンは私を想って目を潤ませくれてる!心配しないで!安心してバナナを頬張ってて!でもダーリンは離れてくれないの。私の背中に張り付いている!そしてフゥフゥと哀しそうな声を出すの!重いよ!あなたの私を想う気持ちが重いのよ!ああだから私から離れて!私は右手でダーリンの項をつまむと思いっ切り壁に投げ付けた。ダーリンはウキーッ!と絶叫して部屋中を飛び回って暴れている。ごめんね。でももうお別れなの。だから…私にはもう近付かないで……。

 全身の苦痛をこらえながら、ようやく風呂場に辿り着いた。ああもうすぐ闘いが始まる。私と不治の病のベイビーを賭けた闘いが!私はドアノブを回しながらお腹のベイビーにこう誓う。ママ、命を賭けてあなたを産むわ!ああ!ベイビー!ママはあなたの成長をみることは出来ないけど、もし願うならパパみたいに逞しく育って欲しいの!パパみたいに純粋で、清い心を持った毛だらけで全身真っ黒な大人になって欲しい……。風呂場のドアを開けると、ムッとした湿り気があたりを包んだ。

 私は風呂場に入ってドアを閉めると、這いつく張って風呂桶に入った。あとは時が来るまで待つだけ。だけどお腹は私の命を削りとるかのようにズキズキ痛んだ。

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