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平行線の二人

 彼女とは小学生の時から一緒だったが話したことはほとんどなかった。中学高校、そして何故か大学も一緒だったが、それでも彼女と会話した時間の合計は一時間に満たないだろう。それでも下校中なんかで鉢合わせることは度々ありその時は一緒に並んで帰っていた。といっても会話などはなく本当にただ並んで歩くだけだ。彼女も僕も土手の道をただまっすぐ歩いて、そして自分の家に近づいたらさよならも言わず勝手に土手から降りる。そんな毎日だった。

 中学と高校では流石に下校中に並んで歩くことはなくなったが、時たま校内や校庭で彼女と鉢合わせすることがあり、その時も同じように無言で並んで歩いた。大学の時もやっぱり同じようにどっかしらで鉢合わせると並んで歩いた。別に彼女が嫌いだったわけではない。というより彼女には全くといっていいほど興味がわかなかった。僕は人見知りで特に交流のない人間に挨拶する事はできない人間だった。

 だが僕らも多少大人になったのだろう。この間久しぶりに高校の同窓会したら彼女も来ていたので勇気を出して挨拶してみた。彼女は僕の挨拶に笑ってそういえばあなたとこうして挨拶するの初めてねと言った。久しぶりに見る彼女はすっかり変わってなんだか華やいだ人になっていた。聞くところによると三年前に結婚して二年近く夫婦で海外に駐在していたが最近日本に戻ってきたらしい。彼女も僕の近況を聞いてきたが、僕は自分のことを話しながら思わず笑ってしまった。互いに相手の事を知らないのでほとんどただの自己紹介じゃないかと思ったのだ。その事を彼女にいうと彼女もそうだと声をあげて笑った。

「でも面白いよね。昔全然喋らなかった私たちが今こうやって話してるってさ。だけどなんで私たち全然喋らなかったんだろう。小学生の時あなたとはほとんど毎日一緒に並んで帰ったじゃない?」

「さあね、僕はあの頃女の子が怖かったし人見知りだったし、そんな理由じゃないかな」

 彼女は僕の言葉を聞いてフフッと笑った。

「女の子が苦手だったなんて下手な嘘言わないで。あなた聡子にラブレター送ってたでしょ?」

「な、なんでそれを君が知ってるんだ。君は僕らとクラス離れていたじゃないか」

「私と聡子。家が隣同士なのよ」

 この思わぬ事実に僕は戸惑った。じゃあ彼女は聡子と一緒に僕の下手な字で懸命に書いたラブレターを一緒に見たかもしれないとのだろうか。これはあまりに意外なとこからの秘密の暴露であった。僕は彼女から自分の過去を暴露されたのが悔しくてこちらも彼女の秘密を暴露してやれと記憶の中から必死に彼女の秘密を探したが、残念ながらそんな秘密が全く記憶の中に存在しなかった。向かい側に座って彼女は僕が慌てふためいているのを楽しんでいるかのように見えた。やがて彼女は僕の慌て振りに見飽きたのか少しため息をついてから話しかけてきた。

「あのさ、あなたの過去ばっかりほじくるのもなんだから私のことも話すね。実はあの頃あなたが聡子に恋していたように、私もある男の子を好きになってたの」

 僕はこのいきなりの打ち明け話に驚いて思わず彼女をまじまじと見た。

「その子はいつもクラスの友達とペラペラ喋っているくせに私の前ではずっと無口でなんか嫌われてるのかなって思ってだんだけど、それでもなんかずっと一緒に歩いていたかった。だけど全然声かけられなかったな。おまけにその子が私の友達を好きになってるの知っちゃったし。まあその事は中学時代も高校時代も大学時代も何故か一緒だったんだけど全然話出来なくてさ。で、今私の前にいるのがその子なんだけど……」

 僕は唖然として彼女を見ていた。まさか、いやあの時もしかしたらこういう事態を想像していたのかもしれないが、今はもうまさかとしか完全に語彙を喪失した言葉でしか今の状態を表現できない程僕は驚いていた。

「あ、あの君の話しているその子っての俺のこと?」

「そうだよ」

 自分でもあまりにも間抜けは質問だと思った。でもこの動揺はとにかく彼女に事実を確認して全てをハッキリさせないと収まらない気がした。あの頃の彼女から今の彼女を想像する事は間違いなく不可能だ。同様に彼女も今の僕を想像出来なかっただろう。人生は一定に決められているものではなく。常に突然の出来事によって変化してゆくものだ。あの頃の僕らがそのままただ成長しても今の僕らとはまるで違う人間になっているだろう。ふと僕はあの頃彼女と僕の平行線が交わったら未来はどうなっていたか考えてみた。いや、多分それはなかっただろう。なぜならあの時平行線が交わる機会はいくらでもあったのに決して交わらなかったからだ。

「あのさ」と彼女が話しかけてきた。

「小説なんかでたまにあるんだけど、主人公が二人いてそれぞれ平行線みたいに全く別のストーリーがあるのね。で結局小説の間で二人は一回も会わないで終わっちゃうんだけど、それをあなたと私を主人公にして書いたら結構面白くない?」

 僕は彼女の話を聞いて思わず苦笑いした。そして言った。

「多分、全然おもしろくないよ。君はともかく僕の人生なんて全く面白みがないからね。それに……」

「それに?」

「こうして平行線は交わってしまったわけだし」


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