僕のアルル
東京の端っこにあるボロアパート住む瓶船護保は才能はあるが売れない画家だった。彼は尊敬するヴィンセント・ヴァン・ゴッホと同じように自らの苦悩をカンバスに叩きつけるような絵を描いていたが、世になかなか認められなかった。そのカンバスを突き破らんとするほど激しく描かれた絵は暗く淀み、画家自身の生の苦悩をまんまさらけ出していた。それはゴッホのアルル時代以前の故郷オランダの農民を描いた絵を思わせるところがあった。瓶船は今その絵を見て深い溜息をついた。
「やはりこれではダメだ。こんな暗くて陰惨な絵なんて誰も見向きはしない。確かに暗い絵でもシーレやスーチンのような脈打つような生々しさがあれば人を振り向かせる事は出来る。だけど僕の絵は全てが暗くて本来あるべき生々しさを覆い隠してしまってるんだ。これではダメだ。やはり光がなければ闇は輝かない。絵は光と闇の衝突から生まれるんだ。光は多様な色彩を生み、闇はその色彩に深みを与える。ゴッホは日本を求めてアルルにたどり着いた。僕もこの日本でアルルを見つけるべきなんだ!」
瓶船護保はかつてのゴッホのように芸術の楽園を求めて部屋から飛び出した。部屋に閉じこもっていたら自分の望む絵はかけない。外に出てアルルを探すのだ。ここではないどこかへ、約束された芸術の地へ。
その数年後である。瓶船護保は初の展覧会を開いた。彼は友人たちも自分の展覧会に呼んだ。友人たちはこの評価されざる天才が展覧会を開けるまでになったのを素直に喜んだ。友人たちは展覧会が行われているギャラリーに入ると早速瓶船護保に話しかけた。瓶船は成功したせいなのかすっかり太り、上機嫌に笑っていた。彼は友人に向かって言った。
「僕、やっと見つけたんだ。僕のアルルを。アルルはあったんだよ。ゴッホは日本を求めてアルルにたどり着いた。僕も同じようにアルルを目指してある所にたどり着いたんだ」
友人たちはこれを聞いて目を潤ませた。瓶船の確信に満ちた言葉は彼がとうとう自分の芸術を手に入れた事を証明していた。友人たちは早く瓶船のアルルの絵が見たかった。彼らは早くお前の絵が見たいとせがんだ。すると瓶船はギャラリーのオーナーに頼んで開店時間前のギャラリーを無理やり開けてもらうと自信満々にギャラリーへの扉を開けた。
友人たちは早速中に入って瓶船護保の絵を見たのだが、彼らは絵を見るなりぽかんと口を開けて止まってしまった。しばらくしてようやく冷静に戻った友人の一人が悲しい顔をして瓶船に言った。
「お前のアルルってアキバだったんだな」
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