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《連載小説》全身女優モエコ 上京編 第十九話:モエコ更生する! その1~二人の田舎女
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猪狩と真理子は玄関でスケ番そのまんまの格好で吸ったこともなさそうなタバコをフカしているモエコに唖然とした。真理子などはこのモエコの変貌にビックリして声すら出なかった。この変わりようはなんだ。それに一体どこをほっつき歩いていたんだ。猪狩はタバコ片手にドアに寄りかかっているモエコを叱り飛ばした。
「人を心配させやがって!一体お前はどこほっつき歩いていたんだ!タバコなんかふかしやがって!それにその格好はなんだ!元の服はどこへやったんだ!」
スケ番モエコは彼の説教を聞くと舌打ちしてこう言い返してきた。
「アタイがせっかく戻ってきてやったのにそのセリフはなんだい?アタイは更生したんだからもうガタガタ言うんじゃないよ!マネージャーだったらオーディションに出ることにしたアタイを笑顔で迎えいれるもんじゃないのかい!」
「やまかしい!大体お前はいつスケ番になったんだ!モエコいい加減ふざけるのはやめろ!」
「そうよモエちゃん!あなたにはそんな下品な格好似合わないわ!」
「うるせえんだよ!アタイみたいな田舎もんの純真な美少女を一瞬でぐれさせるのが東京って街じゃねえか!本当だったらそのままアンタらんとこからバックれてたんだよ!大人だったら誘惑に負けずにオーディションに参加するって言ってくれたアタイを褒めるもんだろ!」
モエコの逆ギレに真理子は泣き出した。ああ!妹同然のモエコがたった数時間でグレてしまうなんて!真理子はモエコに向かって叫んだ。
「モエちゃん!何があったの?私に話して!全部聞いてあげるから!」
「チッうっせえな!きれいな顔クシャクシャにしてギャアギャア泣き喚くんじゃねえよ!そんなに話せって言うなら話してやろうじゃないか!なんで田舎の天真爛漫な美少女のアタイがここまでグレたか。そしてそんなグレきったアタイがどうしてここにまた戻ってきたか。洗いざらい全部話してやるよ!」
モエコはそう言って私と真理子を睨みつけると持っていたタバコを玄関の床に投げ捨てた。そして靴で踏んで消し終わると軽くため息をついてから話し始めた。
「あれはアタイがアンタんたちのところから飛び出して一時間ぐらい街を彷徨っていた時のことだ。あの時アタイは煌めくネオンサインを浴びながら絶望的な気分で歩いていたのさ。やっぱりアタイらみたいな田舎もんは都会じゃゴミ扱いだ。大人たちはアタイらなんかどうでもいいんだって思いながらね。そんなアタイに向かって誰かが声をかけてくるじゃないか。アタイは声のした方を見たんだよ。したら頬に傷のある蝶ネクタイのオヤジがそこにいたんだ。オヤジは言ったよ。『おい、姉ちゃん。金欲しいかい?いい店紹介するから俺についてこいよ。たっぷり稼がせてやるぜ!』田舎もんの純真で天使のようなアタイにもこのオヤジがカタギじゃないってことはわかっていたさ。だけどアタイはやけのヤンぱちになってたからね。いっそ救いようのないほどグレちまえって思って『いいわよ。モエコ、今とってもお金が欲しい気分なの』とか言ってオヤジの後について行こうとしたんだ。その時さ。誰かがアタイを呼んでるじゃないか。『お嬢ちゃん!そんな奴について行っちゃいけないよ!』アタイは声のする方を見たんだ。そこにいたのは髪の短い派手な化粧をした女だった。年はアタイより二三才上かな。彼女はアタイを呼ぶとこっちに近寄ってきてオヤジをぶん殴ったんだ。アタイはなんだかわからなくなっちまってその場に立っていたら女がアタイの腕を掴んで引っ張るじゃないか。アタイは痛いから『モエコのか弱い手に触らないで!』って言って女をボコボコにしようしたんだけど、女は『早く逃げるんだよ!』って言ってそのままアタイを引っ張って無理矢理引き摺ったんだ。『あれを見なよ!』って女が首を振ると周りのチンピラまで目を血走らせながらアタイたちを追っかけてるじゃないか。女はアタイに言ったんだ。『アンタ、奴らに捕まったら殴られるだけじゃ済まないんだよ!傷物にされて挙げ句の果てに売春島送りにされちまうよ!いいからアタイと一緒に逃げるんだよ!』それからアタイたちはむちゃくちゃ逃げた。アタイは東京の怖さを全身で感じたんだ。感じすぎていつの間にか逆に女の手を引っ張って逃げてたんだ。アタイは絶叫しながら女の手を引っ張って街を駈けたんだ。そして女と一緒にオンボロアパートに入ったんだけど、入った途端女がアタイを平手打ちするじゃないか。アタイは何すんだとグーでボコボコにしようとして女の顔をみたら、彼女泣いてるじゃないか。彼女は泣きながらアタイを叱ったんだ。『アンタ!まだ若いのに人生捨てるようなことするんじゃないよ!』アタイはその場で号泣したよ。だって今まで叱られたことなんて一度もなかったんだよ。はぐれもののアタイは親も周りの人間もみんな煤っ子だってはじかれていたんだ。だけどここにアタイを本気で叱ってくれる人間がいる。その人の名前は五月さ。アタイのたった一人のマブダチなんだよ!」
そこまで言うとモエコは激しく泣き出した。泣きながら玄関の床を何度も叩いた。猪狩と真理子はたった数時間の間にそんな事があったのかと驚き、そして真理子がその五月さんとはどうなったのか聞いた。
「ああ!五月の事を話すのは辛いよ!だってもう彼女はもう……。アタイはその後五月のオンボロアパートでずっと泣いていたんだ。そんなアタイに五月が尋ねてくるじゃないか。『アンタどこの生まれだい?』ってね。アタイはこのたった一人のマブダチにアタイのすべてを話したんだ。小学生時代からテレビ代欲しさにおじさんたちとお友だちごっこしたこと。小学校の文化祭でいぢめられながらシンデレラを演じたこと。それからトイレ休憩と食事休憩を挟んで、中学から高校時代の演劇大会の県予選でカルメンの舞台中に刺されたとこまで全部話したんだ。五月はアタイの話を聞いて泣いてたよ。あんたアタイとおんなじだね、おんなじように世間から爪弾きにされてたんだね、って慰めてくれたんだ。アタイは五月に抱きついて思いっきり泣いたよ。やっとアタイをわかってくれる人がいたんだって嬉しくなったんだ。五月も同じように自分の過去を話してくれた。彼女もアタイと同じように九州に生まれたんだけど、彼女は母親の連れ子で母親の旦那に迫られたりしたのさ。それでグレちまって中学を卒業する前に家を飛び出して東京に来ちまったんだ。五月は話ひとしきり話してからアタイに言ったよ。『モエコと話してると、忘れたはずの故郷が浮かんでくるよ。あのモクモクとした煙を噴き上げる火山。ろくな思い出なんかないのに涙が出てくるよ』それから五月も泣き出した。私たち九州の田舎女は二人で抱き合って思いっきり泣いたんだよ」