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空港で知らない女とシティポップについて語った
夜の空港の椅子でウトウトしてたら突然知らない女が声をかけてきた。僕はハッと目を覚まして何事かと女の方を向いたが、女はその僕に向かって僕のとこから音が漏れていると注意してきた。
僕はすぐに手で耳を触ってBluetoothのイヤホンがあるか確かめたが、なんと両方外れていた。僕は慌てて周りを見たが、イヤホンは二つとも椅子に落ちていた。
落ちているイヤホンからは僕の好きな偉大なるシティポップレジェンドKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』が官能を撒き散らすかのように流れていた。公共の場でこんなセクシャルなものが流れていたんじゃ犯罪ものだ。
僕はすぐにソニー製の16万のキャッシュで買ったハイレゾ対応のウォークマンのボタンを押して曲を止めた。それから僕は女性にお騒がせして申し訳ないと謝りすぐさま同じようにキャッシュで買ったソニー製の8万で買ったBluetoothのハイレゾ対応のイヤホンを拾った。しかし女性は何故か僕の元を去らず興味津々な目で僕を見ていた。
「あなたKIYOSHI YAMAKAWAなんて聴いてるの?いい趣味してるじゃない?」
僕はこの出来すぎなシュチュエーションに驚いた。わたせせいぞうの絵から出てきたようなセクシーでキュートな女性とKIYOSHI YAMAKAWAの見事なコラボレーション。僕はヒゲの生えかけたアゴをさすりながら女を見た。
「君もKIYOSHI YAMAKAWAが好きなのかい?」
「ええ好きよ。だって彼のボイスってセクシーだもの」
彼女は笑顔でそう言う。これはまさにシティポップ的なシュチエーション。まるで僕はいつの間にか彼女主演のショートムービーに出演させられたみたいだ。
「フッそうかい」と僕は唇に指を当てて女に語りかけた。
「じゃあ、今から僕と一瞬にこのハイレゾウォークマンでKIYOSHI YAMAKAWA聴くかい?ハイレゾで聴くともっとセクシーな気分になれるよ。勿論イヤホンもハイレゾさ」
「一緒に聴く?Bluetoothでスピーカーにでも繋いで聴くの?すぐに注意されるよ」
「いや、このハイレゾイヤホンを二人で一個ずつ耳にはめて聴くのさ。君はどっちがいいんだい?」
「あっ、そういうことね。じゃあ私左耳がいいわ」
「OK、じゃあ僕は右だ。ちなみに僕の耳は音をクリアに聴くために限りなく清潔にしているんだ。だから除菌不要さ」
「ふふっ、あなた面白いね。じゃあお言葉に甘えてしっかり除菌させてもらうわ」
「おいハニー。君はそのコケティッシュな顔で何を聞いていたんだい?イヤホンはクリアで除菌不要だって言っただろ?」
ふふっ、と彼女はイタズラっぽく笑う。深夜の空港という限りなく生活から離れたところで交わす見知らぬ男女の会話。まるで『アドヴェンチャー・ナイト』。空からKIYOSHI YAMAKAWAが降ってきそうだ。僕らはイヤホンをそれぞれの耳につける。そして止めていた『アドヴェンチャー・ナイト』最初から聴く。しっとりと湿り気のあるストリングスのシルキーなイントロが流れそれに合わせてKIYOSHI YAMAKAWAがソウルフルなボイスで歌う。ああ!なんて最高なんだ。このグルーヴは果てしなく官能的だ。彼女もうっとりしてKIYOSHI YAMAKAWAのボイスに聴き惚れている。
「ねぇ?」と彼女が潤んだ目で僕に聞いてきた。
「あなたどうやってKIYOSHI YAMAKAWAを知ったの?」
彼女の声はいつの間にかアドヴェンチャー・ナイトに出てくる素敵なレディのような官能性を帯びていた。僕も彼女と同じようにアドヴェンチャー・ナイトの登場人物になりきって答える。
「ハニー、多分みんなと同じだよ。竹内まりやが海外で火がついてからみんな血眼になって次なるシティポップレジェンドを探していただろ?竹内まりやの旦那の山下達郎、杏里、角松敏生、松原みき。だけど僕はその人たちを聴いても何かが満たされなかったんだ。シティポップは完全に都会の音楽なんだよ。僕がここで都会というのは繁華街ってことじゃないんだ。完璧にドメスティックなものが漂白された街。それが都会なんだ。僕にとって大阪や京都は田舎なんだ。海外でもヨーロッパの各都市は田舎でしかない。僕にとって都会とは東京や横浜であり、アメリカのニューヨークやロスなんだ。僕はシティポップを聴きながらその都会に生きる人間のリアルを表現しているアーティストを探していた。そこに突然現れたのがKIYOSHI YAMAKAWAだったんだ。最初はYouTube、それからCD、だけどもっといい音源で聴きたくてハイレゾの音源を買ったのさ。君も恐らく同じようなもんだろ?」
「そうね。でもあなたほど深く考えてKIYOSHI YAMAKAWAを求めてなかったわ。私はただ無性に官能に浸れるものを探していただけなんだもの」
僕はふと左耳がアドヴェンチャー・ナイトが流れていないのが物足りなくなった。それは彼女も同じだろう。彼女も右耳からアドヴェンチャー・ナイトがないのが寂しいはずだ。
「ねぇ?」と彼女が再び僕に聞く。
「あの、KIYOSHI YAMAKAWAのこと知ってるなら当然彼の偽物が出ることも知ってるよね?」
勿論知っている。KIYOSHI YAMAKAWAと漢字違いの同じ名前の歌手だ。その男はご丁寧に『アヴァンチュール・ナイト』なんて似たような名前の噂によるととんでもなくクソダサい曲を出しているらしい。僕は彼女に今何故そんなことを言い出すのか聞いた。
「バカな話だけどあなたが詐欺師のように見えて怖くなってきたの。このまま引き摺り込まれたらやばいって」
「僕が詐欺師?君は僕をメルヴィルやトーマス・マンの小説に出てきそうなインチキなヤツだと思っているのかい?僕は、本物だよ。KIYOSHI YAMAKAWAのニセモノみたいなインチキじゃないよ」
「あなたを信じたいわ……」
その時スマホがなった。僕は通知をみてこの奇跡の継続に感謝した。
「あの、キャンセル待ちで予約していた近くのホテルが今空いたんだ。よかったら僕と泊まらないかい?君と朝までKIYOSHI YAMAKAWAを聴きたいんだ。僕と一緒にアドヴェンチャー・ナイトを楽しまないか?」
「でもシングルで予約したんじゃないの?」
「ラグジュアリー・ルームだからそんなの関係ないさ」
「私まるであなたがKIYOSHI YAMAKAWAに見えてきたわ」
「さぁ、行こう」
僕と彼女はすぐさまホテルへと向かった。自然と足が速くなる僕を見とがめて彼女は笑う。「あなた、夜はまだはじまったばかりよ」
ホテルのチェックインの時僕はフロントにミュージカル・マッサージサービスを頼んだ。ミュージカル・マッサージサービスとはこのホテルのラグジュアリー・ルームの専用のサービスで、部屋のドアを開けると自分の好きな曲が流れるというものだ。僕は当然KIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトを頼んだ。しかしその時フロントのやつがよく聞いていなかったのかわからないが何度もアヴァンチュール・ナイトですか?と聞き返してきた。僕は一字一句区切ってアドヴェンチャー・ナイトと言ったが、フロントは能天気にアヴァンチュール、いやアドヴェンチャー・ナイトですね?と確認をとっていたので大丈夫かと不安になった。
しかし大丈夫だろう。KIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトといえば今や誰もが知っている曲だしまさか高級ホテルが曲を間違えるはずがない。僕はチェックインが終わると彼女にダブルで部屋がとれたことを伝えた。それから彼女とエレベーターに乗ったのだが、僕はそこで彼女にミュージカル・マッサージのことを話したのだ。
「ドアを開けた僕らをKIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトが官能的に包んでくれるんだ。シルクのように柔らかくね。もうシャワーなんか浴びる暇ないよ」
「不潔だわ、そんなの。体ぐらいちゃんと洗わないと……」
「僕は今すぐ君が欲しいんだ」
「あなた……」
エレベーターは天上の調べのように僕らを最上階へと連れて行った。あたり一面に広がる夜景に僕らは思わず声を上げた。「さぁ、行こう」と夜景にうっとりしている彼女の手を無理矢理引っ張って部屋の前まできた。
「痛いわ。あなたがそんなに熱い人だなんて思わなかった」
「KIYOSHI YAMAKAWAのせいさ。彼のアドヴェンチャー・ナイトが僕を果てしなき官能で満たしてしまったのさ」
「早くドアを開けてよ。私も今すぐKIYOSHI YAMAKAWAの官能で満たされたいわ」
「すぐに満たされるさ。部屋に入って彼のアドヴェンチャー・ナイトが聴こえた瞬間にね」
「お願い、早くドアを開けて……」
僕は彼女に向かって微笑んでルームキーを取り出してゴージャスに濡れているように見える細い穴に向かって静かに挿入した。するとドアは僕を受け入れるかのようにカチリと妙に官能的な音を立ててロックを解除した。
「さぁ、行こう。KIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトの調べが鳴る官能の楽園に」
「ええ」
そうして僕らはドアを開けて楽園に一歩足を踏み入れた。しかしそこにはアドヴェンチャー・ナイトの楽園は鳴っておらず代わりにとんでもなくZ級の歌謡曲以下のとんでもなくクソダサいストリングスが流れていたのである。ワワワワワワ〜とひどいスキャットが流れるとその後から野太い声の歌が流れた。
「ああ〜♫アヴァンチュール・ナイトぉ〜♫熱海の夜はぁ〜♫ワワワぁ〜♫」
「何これ?これのどこがKIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトなの?なんか急に冷めちゃった。あなたひょっとして冗談のつもりでこんなことしたの?ああ!最悪!もうムードが台無しじゃない!申し訳ないけど私やっぱり空港で泊まるわ。あなたは永遠にこのクソダサい曲が流れるこのラグジュアリー・ルームに泊まっててね。じゃあさようなら!」
一人部屋に残されて僕はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。何故クソダサい曲がかかっているのか。フロントにもちゃんとアドヴェンチャー・ナイトだと一字一句ハッキリと言ったではないか。こんな最悪の間違いあるかよ!僕は何もする気になれずしばらく突っ立っていたが、やがてこのZ級に酷い曲に対する言葉に出来ないほどの憎悪が湧いてきた。僕は天井を指差してこのクソダサいZ級に酷い歌を歌っている奴に向かって叫んだ。
「お前誰なんだよ!」