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全身女優モエコ 第十四話:文化祭演目 舞台『シンデレラ』開演!

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 舞台『シンデレラ』の背景のセットの準備が着々と進む中、モエコたち生徒一同は最後のリハーサルを行っていた。とはいってもここはステージの袖だ。動き回ることも叫ぶことも出来はしない。しかしもはやモエコと王子と男子生徒、そして女子生徒たちはそれぞれの目的を成し遂げようと固く誓い静かにリハを行っていた。モエコと王子は台本の読み合わせをしていたが、そこに女子生徒たちが鉄製のモップを持って近寄ってきた。

「モエコ、今日は最高の舞台にしましょうね。彼女のためにも!」

 女子生徒の一人はそう言うとシンデレラを演じるはずだった女子生徒のモップを高く掲げて再び言った。

「モエコ!そしてみんな私このモップに誓うわ!私たち、今日は病気で倒れたあの子のためにも本気でるわ!」

 モエコ彼女たちの今回の舞台にかける決意表明に感動した。ああ!こんな顔も性格もブサイクな子たちまでが一致団結して舞台を成功させようと言ってくれた。モエコも頑張らなくては!

 女子生徒たちがモップの周りを囲んだ。そしてクラスのみんなに向かって呼びかけた。

「みんな!このモップを握って誓って!あの子のためにもこの舞台は絶対に成功させましょうね!」

 女子生徒たちは殺気すら感じさせる程の凄まじい目でモエコを見た。モエコはその彼女たちの表情に舞台にかける並々ならぬ決意を感じたのだった。もはや引き換えることなど出来ない。モエコと女子生徒たちは病気で臥せっているシンデレラを演じるはずだった生徒へそれぞれの思いを込めて目的を成功させる事を誓った。モエコは勿論あのブサイクで演技の下手クソな彼女の代役を全うし舞台を成功させること。女子生徒たちは舞台でシンデレラ役の生徒から託された願いを叶えるためにモエコを鉄製のモップで叩きのめすことを。

 クラス一同は鉄製のモップを囲んで円陣組んで掛け声をかけた。今それぞれの思いを乗せた舞台が始まろうとしている。やがて頭に包帯を巻いた担任が舞台の準備が終わった事を告げてきた。程なく司会進行役の教師のモエコたちのクラスの舞台の開始を告げるアナウンスが行われた。そのアナウンスを聞いたモエコたちは緊張の面持ちで幕の垂れ下がったステージへと向かった。照明のついていない暗いステージで女子生徒たちはおのおの箒を握りしめ、病気の生徒から願いを託された生徒は鉄製のモップを構えてシンデレラ姿のモエコを取り囲んだ。モエコは怯えたようにかがみ込む。準備は整った。さぁいよいよ舞台『シンデレラ』の開演だ。

文化祭演目:舞台『シンデレラ』全3幕

 幕が上がると同時にスポットライトが点いた。照らしているのは勿論主役のシンデレラを演じるモエコだ。そのモエコの周りを取り囲んでモップを持った生徒を始めお嬢様の生徒が立ち並んでいる。そして場内にプロコフィエフの音楽とともに場面説明のナレーションが始まった。そのナレーションは今回シンデレラを演じるはずだった女子生徒のものだ。彼女は自ら主役を演じるはずだったシンデレラ舞台のためにテープレコーダーに吹き込んでいたのである。ステージの面々はその女子生徒のナレーションに目頭が熱くなり必ずやそれぞれの目標を成功させてやると改めて決意したのだった。

 本来ならナレーションが終わった後、モエコのセリフから舞台が始まるはずだった。モエコは召使たちの度重なる虐待に体を震わせる演技をしながらセリフを言う瞬間を待っていた。しかし!

「やめて……」

 とモエコがセリフを喋りかけた瞬間にお嬢様たちはモエコに向かって箒を一斉に打ち下ろし始めたのである。生々しく響く打撃音に場内にどよめいた。まさか本気でシンデレラを殴ってるんじゃないだろうなと心配した人間もいたが、そのまさかだった。女子生徒たちはこれが復讐だと箒でモエコを次々と殴ったのである。

 殺意すら感じさせる表情で自分に向かって箒を打ち下ろす女子生徒たちを見てモエコは魂が震えるのを感じた。彼女たちをブサイクで演技も下手とバカにしていた事を謝りたくなった。下手どころではない。美人すぎるシンデレラへの劣等感から殺意を込めて殴ってくるブサイクなお嬢様たち、彼女たちはそれを見事なまでに演じているのだった。モエコはそんな彼女たちのシンデレラに対する思いを受け取り、彼女たちの攻撃をギリギリどころでかわすとシンデレラの最初のセリフを絶叫して叫んだ。

「やめて!やめて!私をいぢめるのはやめて!」

 モエコがセリフを言うと場内のどよめきが急に静まった。彼女の演技があまりにも真に迫っていたからである。しかし女子生徒たちも負けてはいなかった。こちらは演技などではなく本気だったからだ。やがてモップを持った女子生徒が出てきてシンデレラ役のモエコに向かって叫んだ。

「私たちの前に這いつくばりなさいよ!この煤っこが!今からこのモップで叩きのめしてやるから!」

 こんなセリフシンデレラにあったかしら?とモエコはかすかな疑問を感じたが、すぐにそんな疑問を感じてしまった自分を恥じた。みんなシンデレラの舞台のために必死に頑張っているのに!モエコは、ダメよモエコ!舞台に集中するのよ!と心の中で自分に鞭を打ち、モップを持った女子生徒の前に這いつくばった。

「動くなよぉ〜。そのままジッとしていろよぉ〜」

 女子生徒は鉄製のモップを振り上げモエコに狙いを定める。病気で倒れたシンデレラ役の生徒や今ステージで立っている女子生徒たちの思いを胸に今モエコに向かってモップを振り下ろした。このままモエコの頭をかち割ったら、モエコはそのムカつく顔に醜い傷を負って倒れるだろう。その倒れたモエコを見て王子は絶叫して泣き叫ぶだろう。その王子を慰め我が物とするのは私、未だ名前でさえ呼ばれないこの私なのだ!

 モエコはこの激烈な演技に感動すらしてしまった。ああ!なんて凄い演技なの?この私が怯えるなんて!モエコは間一髪のところでモップの竿を掴んだ。目の上ではモップを握った女子生徒が凄まじい表情でモエコを見下ろしている。女子生徒は間一髪でモエコに自分の攻撃を防がれたのが悔しかった。だから今度こそは確実に仕留めようとモエコの手からモップを離そうとするが、モエコの握力は強くどんなに力を込めて引っ張っても離れない。女子生徒が一瞬怯んだすきに、モエコは掴んだモップに力を込めそのまま押して立ち上がった。そしてモップの女子生徒を見つめて涙を流してシンデレラのセリフを叫んだ。

「お姉さま!どうしていつもシンデレラばかりいぢめるの!いつもいつも私を煤っこと呼んで、いつもいつも箒で追い払うようなマネをして!」

 体育館を揺るがすようなモエコの熱演に場内から歓声が飛んだ。場内にいるのは勿論教師一同と生徒の父兄だけである。彼らは皆どうせ子供の芝居と生徒たちの至らぬ芝居を温かく見守るつもりできたのだ。しかしその彼らの目の前で繰り広げられていたのは演者がモテる力をすべて出した本気の芝居であったのだ。こんな命の取り合いすら感じさせる芝居はチャンバラでも西部劇でも滅多にお目にかかれない。女子生徒たちとモエコの殺気が充満した芝居に歓喜した客の一人は思わずこう叫んだ。

「すげえ芝居だ!こんな芝居テレビでも映画でも観たことねえぜ!あの子達は間違ったら死人が出かねない、まさにそんな芝居をしてるんだ!」


 





 


 


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